存在意義3
「目を閉じた方が怖いです。」
リョータさんは冷静に、というか感情のない声を掛けてくれたが、一度その影を見てしまった以上、もう目を閉じることも瞬きすることも出来なくなってしまった。
「メグミさん大丈夫そうですか?」
「これは思っていた以上ね。ちょっと本気出すから近づかないでね。」
「もちろんです。それよりこっちに飛ばさないでくださいね。もう一人いますんで。」
「わかってるわよ。」
メグミさんは再び呪文のような言葉を発すると、部屋の四隅の札から部屋の中央に向かって光が伸び、魔法陣のような術式の上で交錯すると光の玉が浮かび上がってきた。その玉を先ほどの黒い影めがて放った。
影はその玉を跳ね返そうと両手を構えたが、光の玉に触れたとたん見る見るその玉に吸い込まれていくのが見えた。腕から同体、そして足が吸い込まれていく。最後に頭が残りもうわずかという時、頭だけを切り離しこちらに向かって襲い掛かってきた。
「しまった。リョータ!」
リョータさんはその声に反応し、手を伸ばすと私たちの前に突然目に見えない壁ができ、その壁にぶつかって頭は床に落ちていった。すかさずメグミさんは光の玉をあて一つ残らず吸収していった。
「いやー。ちょっと失敗したね。」
メグミさんは笑いながらお店のボトルを一口飲んでいた。
リョータさんは床の魔法陣や壁のお札を黙々と片付けていた。
「あれは何だったんですか?悪霊ですか?」
「悪霊というより、悪霊の種と言ったほうがいいかな。」
メグミさんの説明ではわかりにくいと感じたのか、リョータさんが補足し説明してくれた。
「霊というのは魂と思いがちだけど、意志からも生まれる事があるんだ。この店は出会いを求めて男女が集まるバーでね。悪意も嫉妬も恨みも様々な思いが集まりやすい場所なんだ。それらが一つの集合体になった時、今みたいな現象が起きることがあるんだ。」
「そういう未知の事件を解決するのが、私たちの仕事ってわけ。」
お店から出るとママがタバコを吸いながら待っていた。仕事が終わったことを告げると、胸元から名刺を取り出し、メグミさんに渡した。
「報酬ってお金じゃないんですね。」
「この店のママは顔が広いからね。お金よりも価値のある情報を貰えるんだよ。」
基本報酬はお金だが、飲み屋界隈での仕事は、お金よりも情報を優先しているらしく、今回も特別な情報を入手できたと満足した様子だった。
「かほりちゃんは筋が良さそうね。」
「どういうことですか?」
「だってはじめてなんでしょ?こんなの見たの。」
そう言われて初めて恐怖を感じた。あまりにも二人の会話が普通で、言動が一致していないことに流されていたのだ。誰だってこんなことが起きたら普通ではいられない。だが二人はそれを仕事してこなしている。そしてここのママも、まるで掃除でもしてもらったかのように店へと戻っていった。あまりにも想像を超える事態に目眩がしてきた。
「まぁこんな事ばかりじゃないから。今度ゆっくり飲みにでも来て。」
「まだ未成年ですから。」
「え?お酒は18歳からじゃないの?」
「二十歳からです。」
遠くに二人の会話が聞こえていたが、頭の中が混乱しどうやってアパートまで帰って来たのか覚えていないほどだった。着替えもせずにベッドに倒れ込むと、膝の傷が痛みだし、本当にあった事なのだと改めて恐怖を感じた。