1-3.《祠》
2021.6.6:誤字脱字、誤表現を修正致しました。物語の設定は変わっていませんのでご容赦下さいませ。
気が付くとミヨウはどこか薄暗い場所にいた。
さっきまで姉と山の中にいたはずなのに突然身に覚えのない場所にいた。
最後の記憶は地面が揺れたこと、そしてその足元の地面が音をたてて消え失せ、体が落ちる感覚であった。
その光景はまさに地面に呑み込まれたといえるものであった。
ミヨウが見上げると落ちてきた穴からは木々に遮られた薄い光のカーテンが垂れていた。
穴から注ぐ光のカーテンに安心したミヨウだが、その光の外側は暗く先が見えない。
「ミオ姉!!」
ミヨウは声を上げた。
「ミヨウ!あんた大丈夫!?怪我は!?」
ミオが穴から顔を覗かせ心配する。
「大丈夫!なんともない!」
「良かった!自分で出れそう?」
「…うーん、微妙な高さだし、とりあえず一回やってみるから穴から離れて!」
「わかった!」
…
…
「ふっ、くそっ、っ!」
ミヨウが目一杯ジャンプするもやはり届かない。
「ミオ姉! 悪いけど、父さんたち呼んできてくれない?
"梯子とか持って来て"って」
「いいけど…あんた1人で大丈夫?」
「大丈夫だって!」
「そう、じゃ、ちょっと待ってて!」
「慌てなくていいよ!まだ午前中だしさ!」
ミオの走る音が次第に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
(さて、どうしよう…)
自分が1人になった途端、ついさっきまで心地良かった森の音が不安を掻き立て落ち着いていられない。
ミヨウはふと腕時計の数字を見る。
10:26/09.06/20○○
(10、26……、母さんの誕生日…)
「そうだ、リュックリュック」
少年は気を紛らわすように身に付けていたリュックを漁る。
(飲み物、ポテチ、ハンカチ、マジックペン、虫除けスプレー、木の筒、………あった!懐中電灯!)
「うッ!」
懐中電灯が照らした先には古びた祠があった。
御神体を隠すその扉は開き、中には埃を被った鏡らしきものが供えられていた。
落下したパニックと姉が側にいた安心感で忘れていた不安や恐怖が甦りミヨウ少年の心の中を埋め尽くしていく…。
喉が不愉快に渇きなんだか胸も重苦しい…。
自分の息遣いだけが聞こえる…。
懐中電灯を持つ手も激しく汗をかいていた。
ミヨウが蝋人形のように動けずにいると、外がどうやら曇って来たようで穴から注ぐ光も到頭消えてしまった。
……真っ暗だ。
それでもミヨウは自分に繰り返し言い聞かせる。
(落ち着け!落ちつけ!落ちつけ!落ちつけ!落ちつけ!)
「落ち着け!落ちつけ!落ちつけ!落ちつけ!落ちつけ!」
ミヨウは頭で繰り返しているうちにいつの間にか口にしてしまっていた。
(フゥ……いいさ! やってやる……!)
ミヨウは意を決して祠に近づいていく。
そうしているうちに雲は流れ、射し込む角度が変わった光が祠に注ぐ様になっていたがミヨウは気付かない。
「ふゥー…着いたぞ……!」
ミヨウはハンカチで汚れた鏡を拭い、鏡を覗く。すると……
――こちらを見つめる生気のない女の顔が映った。
「わッ!?」
ミヨウは声を上げしりもちをついてしまった。
拍子にポケットから腕時計がこぼれてしまう。
それに気付かないミヨウはそのまま後ろに後退りすると、鏡から夢と同じあの化け物が現れ、その青白い手を彼に向けながらゆっくり近づいてきた。
(逃げるな!逃げるな!逃げるな!)
心の中でそう己を奮い起たせリュックに手を突っ込む。
そして武器の代わりとなる細長いものを掴んで立ち上がった。
「ッ 来てみろよ!」
ミヨウは目の前まで来た化け物の手首を狙って木筒を振るう。
しかし手応えはなかった。
まさに幽霊、ミヨウの一撃が化け物の体をすり抜けたのだ。
「くっ!」
ミヨウは諦めず今度は化け物の首めがけて筒を振る"おうとした”。つまりできなかったのである。
なぜならミヨウの前に佇む化け物はミヨウに向かってハッキリとした言葉を放ったからだ。
きて――――、と
「は、どこに?」
ミヨウは化け物がちゃんとした日本語を言い放ったので自分でも驚く程冷静に言い返した。
女はスゥーッと祠の前に移動すると、その青白く細長い指で祠の鏡に触れる。
すると、鏡はたちまち薄い紅色の光を放ち2周りも大きな光の円が出来上がった。
「……これって?」
ミヨウが尋ねるも女は……
「ギ……ギ……」
ともとの声を繰り返すばかりだった。
……
……
ミヨウはしばらく考えた後、リュックの中に散らかった荷物を詰め光円の前に立っていた。
「帰って来れるの?」
そう尋ねると女は静かに頷いた。
(どうしようか、後で姉さん戻ってくるんだよな…。
…でもなんか、とりあえず行かなきゃいけないような、気がする……。……そうだ!)
ミヨウは床に散らばる木葉と土誇りを払い、リュックに入っていたマジックペンで”すぐ戻る、無事だから心配しないで”とメッセージを残した。
「すぅ――、はァ――……おっし!とりあえず行ってみっか!」
ミヨウは覚悟を決め薄紅色の光円に触れる。
ビュウッと突風のような音が鳴り、ミヨウの体は一瞬で鏡へと吸い込まれた。
木葉舞う朽ちた社の床にはミヨウが残した書き込みと彼が落として行った腕時計がポツンと転がっていた。
10.53/09.06/20○○