1-2.《埋もれた社》
「この道なら家からあんまし離れてないでしょ!」
姉ミオが仁王立ちでそう言った。
祖父母の家に遊びに来て3日目。
朝食を終えて一時間ほど経った頃、ミヨウとその姉ミオは一緒に祖父母宅のある集落から少し離れ、山の中へと続く道の1つの前にいた。
「うん、コレも持ってきたし、大丈夫!」
ミヨウはその手に握る木刀を軽く振りかざした。
「じゃあ行くよ!」
ミオが改めて意気込む。
そうして2人は山中へと一歩を踏み出した。
……
……
姉弟は山中を進んでおり、ぐんぐん進む姉にミヨウが付いて行く。
途中、ミヨウは父から借りてきた腕時計をポケットから出し時間を見た。
”09:33/09.06/20○○”
(昼まで3時間、まだまだいけるや)
…
…
ミヨウはふと姉に気になっていたことを聞く。
「ミオ姉、何か、あれなんだけどさ…」
「何」
「あー、やっぱいいや」
「いいから、言いなって」
「じゃあ……何でサラシなんか巻いてるの?」
ミオの歩みが緩やかになる。
「んー、まあね。"山中異界説"って知ってる?」
「ああ、山の中はこの世とは違う別の世界ってやつ?
じいちゃん達から昔よく聞かされたけど、何か関係あんの?」
「別の世界っていうこともあるけどさ、山の神様は女でしょ?
だからご機嫌を損ねないように形だけでも振りしてんの、髪も縛ってるし。
あ、そう言えば夕暮れ時も昼と夜の間との曖昧な時間だから、『人じゃないモノ』に気を付けなきゃいけないんだよねー」
「……そんなにオカルトにハマってるの?
前はフツーに山で遊んでたりしたのに。わざわざ男に見立てる必要ある?」
「オカルトじゃないわよ!民俗学!それとこの格好は念のため!けど、もし神様の機嫌を損ねたら大人しくあんたを差し出すから!」
「えぇ……」
「「………ぷッ、はははは!!」」
2人がそんな笑い話をしながら進んでいると木々が平らに開けた場所に出た。
「ここらで休憩しよっか」
ミオの提案で2人は休むことした。
…
…
「ここって…昔お祭りやってた場所だっけ?」
「多分、来るまでに土の階段とかあったし」
「今年の夏もやんなかったね」
「しょうがないんじゃない?少子化とか気候変動とか?
ここでやんなくても別の集落と合同でやってるやつは行ったじゃん」
「そうだね」
「じゃあ探索しようか」
「おっけー!」
……
……
……
「ミオ姉~、ホントにここにあんの~?」
ミヨウがうなだれるように聞きながら近くの石に腰掛ける。
「ぴったりここかは分かんないけど、多分ここらへーん!」
少し離れたところからミオが答える。
(喉乾いたな……水……)
ミヨウは木刀を置きその背負った小さなリュックから水筒を取り出すと乾いた喉を潤す。
(あ、ここ景色いいな……)
それから自然の香りを運ぶ風を肌で感じながら眼下に見える集落や田畑を見下ろす。
サアサアと葉を擦り合わせ、一層濃い緑の香りを生み出す木々の下、ミヨウはたわわに実りつつある稲穂の海を眺めていた。
「ギ」
その瞬間、冷や汗がミヨウの全身を覆った。
あの声、あの不気味な夢、不気味な化け物の声が確かに後方から聞こえたのである。
「ッ、姉さん!ちょっと!」
慌てて姉を呼んだミヨウはこちらへ向かって来る姉を確認してkら、後ろを振り向いた。
……そこに化け物の姿はなかった。
だが相変わらず不気味な声は聞こえてくる。
(あの祠、あっちってことか?)
「ヨウ、"姉さん"だなんてどうかしたの?」
ミオがやって来た。
ミヨウは姉に夢と声のことを話そうか迷ったが余計な心配をさせまいと平静を装って提案した。
「いや、何でもないんだけどさあっちも探さない?」
「ヨウが探せば良いじゃない」
「そ、そうなんだけど、ちょっとミオ姉といないと不安というか、ははっ…」
「……はあ しょうがないわねー」
肩を落としたミオの表情には呆れ顔と笑顔とが混ざっていた。
…
…
ミヨウは声がする方向へ進み、ミオはミヨウに付いて行く。
「ちょっとぉ、闇雲に進んでない?」
「コンパスあるし大丈夫だよ!」
「持ってるのは、わ・た・し!」
リズムに合わせミヨウは枝で背中をつつかれる。
「はは……そうだね、あ」
不意にあの声が止んだ。
「どうしたの?」
「いや、あんまり奥に行っても危ないし、とりあえずここでいいや!」
「そ、じゃあわたしはこっち探すから!」
(さっきよりは山の中に入ったけれどあんまり変わんないわね。……集落のある方角は……あっちか!)
そうしてミオが離れた途端、地面が揺れた。
……地震である。
といっても前と同様に数十秒で止まったのだが、その地面が揺れている最中、ミオが弟ミヨウの方へ目をやると弟が地面に空いた穴に呑み込まれる姿が目に入ったのだった。