五十三話 前哨戦
「許さない。絶対に許さないっ!」
高橋真帆はそう叫びながら、光に包まれていく。その光はアリス姫から渡されたリンク能力が発動した証だ。
華奢な女性の身体が2メートル近い外国人の大男になるのはあっという間だった。能力発動から1秒も経過していない。
先制攻撃を出来なかった穂村雫は内心で舌打ちをした。不自然に思われないようバーチャル能力を発動していなかったのが裏目に出たのだ。
「詐欺で奴隷に貶めようとした犯罪者共が何を偉そうに」
高橋真帆の糾弾に答えたのは穂村ではない。彼女の発動したバーチャル能力、サモンバーチャルによって呼び出された茜ヨモギだ。
穂村雫をモデルに作成されたリリエット時代のバーチャルキャラクター。穂村と同じような長い黒髪にモダンな衣服に身を包んだ現し身だ。唯一、穂村と明確に異なる点は苛烈なまでの意志が宿った瞳だろう。強い意志を感じさせるも凍り付いたような目をする穂村とは対照的に燃え上がるような目をしている。
高橋真帆、いやタラコ唇のアバターと化した大男は何も言わずに虚空から鉄パイプを取り出した。リンク能力者の全員が使えるアイテムボックスだ。
当初は身につけている装備品を使用しようと試行錯誤していたのだが、シンクロ率が上昇しても装備は木の棒にも劣る強度しか発揮しないと判明してからはいざという時の備えにアイテムボックスに武器を収納していたのだ。鎧も邪魔なので初期装備の只の服を纏っている。
張りぼてに過ぎないので無意味だが、リンクによる変身時に装備はアバターが纏ったことのある物を好きに選べる。
「はっ、言葉すら通じねえか」
嘲笑して茜ヨモギはタラコ唇に突っ込んだ。その接近スピードは普通の人間の出せる速度ではない。
サモンバーチャルによって呼び出されたバーチャルキャラクターはVtuberの最大人気時の数値を参照に強さが決定される。それは何もバーチャルキャラクター毎にある固有能力だけを意味しているわけではない。身体能力・判断力・五感の鋭さ・反射神経。バーチャルキャラクターの基本性能とも呼ぶべきものすらVtuberの影響力によって変動するのだ。
穂村雫のリリエット時代の最大登録者数は20万となる。この数字はVtuber全体で見ると上位1パーセント以内に入る計算になる。
そこから導き出された茜ヨモギの強さは未だに50パーセントのシンクロ率しか持たないタラコ唇を容易に超える。
「グゥッ!」
鉄パイプで防御したにも関わらず茜ヨモギの拳はタラコ唇を吹き飛ばした。
間に挟まれた鉄パイプは衝撃で真っ二つに割れている。痛みでタラコ唇は呻いたが、膝をつくこともなく何ともないような仕草でちょうど良い長さになった二つの鉄パイプを構えた。
「あん?」
常人なら内蔵が破裂するような一撃を放った茜ヨモギは怪訝な顔でタラコ唇を見た。全く攻撃が効いているように見えない姿に流石に違和感を覚えたのだ。
リンクのチートに覚醒した者は全ての人間がHPとMPを所持する。これはゲームと同じく現実でも機能していて、たとえ瀕死だろうと不自由なくプレイヤーに行動することを許すのだ。物理攻撃・特殊攻撃でHPかMPか、どちらかのゲージをマイナスにまで持って行ければリンクチートは機能不全を起こして変身は解除されるが、ゲージが残っている限りプレイヤーは時間経過で外傷すらも治癒される。
短期決戦よりも長期戦こそが本領のチート。それがリンクだ。
「エアスラッシュ」
タラコ唇が遠距離で鉄パイプを振り回す。それは到底、届くはずのない攻撃だったが、標的が穂村雫本体だと見て取った茜ヨモギはすぐさま駆けだした。
攻撃の軌道上に入り込んだ茜ヨモギの身体を不可視の斬撃が切り裂く。インペリアルナイトの職業スキルである遠距離攻撃だ。
「こんな生っちょろい攻撃が効くかよ」
通常攻撃どころかスキルによる攻撃すらも大して効かない力量差があるにも関わらず茜ヨモギの顔は険しい。
バーチャルキャラクターがどれだけ強くても本体は一般人。それがバーチャル能力の弱点だ。
長期戦よりも短期決戦が本領のチート。それがサモンバーチャル。
互いのチートの性質を見て取った両者は睨み合う。まだ戦いは前哨戦に過ぎない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハハハッ。何だありゃ凄いじゃんか」
「ポン太さん。そんな呑気にしてないで逃げないとっ」
戦いが始まる前に、すぐさま逃げるようにタラコ唇に促されたモロホシはまだ戦場付近にいた。
場合によっては大技の余波に巻き込まれるかもしれないし、穂村雫に口封じに殺される可能性すらあるのだ。本来なら会社から遠くへと避難するくらいでちょうど良いくらいなのだが。
マネージャーのポン太が呑気に壁に寄りかかって見物しているのを発見してしまって逃げるに逃げられなくなってしまった。
「ああ、俺はもうちょっと見物してくからモロホシちゃんは先に行ってて」
「そんな、下手したら巻き込まれて死んじゃうかもしれないのに」
「いやいや」
必死なモロホシを笑ってポン太はこう返した。
「こんな大規模イベント、見逃すなんてありえないっしょ」
その顔には満面の笑みが浮かんでいた。




