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三十六話 魔法卿

「姫様、ちょっといいですか」


 Vtuber企業設立計画を改めて一から模索し直していると、クリスが仕事部屋の外から声を掛けてきた。

 引き出し屋の一件から買い取ったマンションへ浩介とタラコ唇さんと一緒に引っ越して俺達の新しい住居にしてるんだが、あの時一緒に殴り込みをかけたギルメンにはマンションの住所を教えてある。暇な時に遊びに来るのも現在の住居から移住するのも報酬代わりに好きにしていいと伝えてあるんで、ギルメンとこうしてよく顔を合わせている。

 今のとこ実際に引っ越してきたのは連絡役のミサキ以外は弘文だけだな。家賃なしで百合鑑賞も出来ると凄まじく喜んでいた。キモい。

 ヒビキあたりもモロホシの様子を見によく来ているんだが、クリスは珍しいな。あれ以来、初めてじゃないか?


「今、開けるよー」


 タラコ唇さんがPCから立ち上がってドアを開けに行く。技術者としてはギフトを貰ったプログラマーと同等の仕事を熟しているからタラコ唇さんも只者じゃないんだよな。

 睡眠時間もショートスリーパーだから限界まで削減しているし。ちょっとプログラマーが焦っていたぞ。

 まあ、逆に考えるとギフトがありゃ短期間にその道の専門家に追いつけるってことでもあるんだが。天才ってずるいな。


 おっと大人バージョンに変身しないと。一応、こっちの姿がアリス姫の演者だってなってるからな。ロリだと混乱する。

 クリスならエナジードレインのチートをバラしてもいいんだが、誰に明かして誰に明かさないか考えるのが面倒くさいからエインヘリヤル以外には基本内緒にしてる。

 おかげでゆったりした服しか着れなくなった。ノーブラだし。


「ほら、翔太しょうた挨拶しなさい」

「うんっ。こんにちは!」


 ドアの向こうには眼鏡をかけた生真面目そうな青年と小学生くらいの男の子が待っていた。

 ふむ、家族かな。顔立ちが似通っている。


「姫様と団長、例の件に関して話したいんですが、良いでしょうか」

「弟君かな? クリスも家族に明かしてたのか」

「ええ、弟だけですが。すいません」


 綺麗な角度でお辞儀するクリス。弟はそんな兄を不安そうな顔で見ている。

 まあ、掲示板に普通に暴露してるんだし、そう隠そうとはしないよな。仕方ない話か。


「身内ならセーフでいいよ。他にもバラしてる奴いるし。秘密にするよう説得できればな」

「ありがとうございます」


 クリス、いや橘冬木たちばなふゆきの話を聞くために別室へと移動する。

 配信作業の邪魔にならないようリフォームしてまで防音には気を遣っているのだ。幾つかの部屋は逆に外の音が聞こえないと不都合があるだろうと防音処置をしていないんだが。火事とか、……襲撃とかな。


「それで改まって何の話だ? チートの件でいいんだよな?」

「はい。翔太、見せてくれないか」

「うん」


 弟君がポケットからティッシュを一枚取り出すと、それを真剣な表情でじっと見つめだす。

 この時点でピンと来たんだが確証が持てないので結果が出るのを待っていると、5分後にティッシュはボッと発火して燃え尽きた。

 パイロキネシス、火を発生させる超能力者。まさか実在するのをこの目で見るとは。


「ねえね、どうだった? 僕の魔法」

「ああ。凄かったぞ」


 笑顔で弟を褒めるクリスを見て、この兄弟間では超能力じゃなく魔法で通っているのを察した。自分だけの現実はクリスにも教えているから、ワザとか?

 いや、というよりも。


「クリス。まさか教えたのか、魔法を」


 ブレイブファンタジーでクリスのキャラは最高位の魔法使い、ロードウィザードだ。

 イベント時には広範囲の炎魔法を使ってギルドの火力役を担っている。


「ええ。驚きましたか?」


 人の悪い笑みを浮かべて眼鏡を押し上げる姿は、確かに熟練の魔法使いに見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] エインヘリヤルによってチートを与えたんじゃなくて、自分だけの現実に干渉された事で使えるようになったって事?
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