三十三話 Real Events『引き出し屋からギルド仲間を救い出せ』中
「ふざけるなよっ。こんな事が許されるとでも思っているのか！？」
引き出し屋の襲撃は恐ろしいほど簡単にケリが付いた。
アニメのように強力な敵がいるわけでも本物のヤクザのように拳銃が出てくるわけでもなく、武器も持たない一般人が相手だったのだ。苦戦するわけがない。
多少ガタイの良い男連中が複数で一人のニートをリンチにするから恐ろしいのであって、突然、バットを持った暴走族が襲いかかってきたら烏合の衆と化して逃げ惑う結果になるのは仕方ないことだろう。俺達が実際にバットで殴った奴なんて一人か二人だ。痛みで地面にうずくまる程度で骨すら折れてない。
こりゃ過剰戦力だったな。敵を高く見積もりすぎた。
「お前、そこのお前！ 近頃、頻繁に来ていた不審者だな！？ 力尽くで女を浚ってヒーローだとでも言うつもりかっ！！」
「力尽くでモロホシさんを浚ったのはアンタ達でしょう。脱走した罰としてリンチまで。このアザが見えないなんて言う気ですか」
当初は突然の暴力とフルフェイスヘルメットの集団に挙動不審になっていたニート達も、ヒビキが素顔を晒したことでモロホシさんが泣いて抱きついたんで味方だと理解したらしい。ホッとした顔で脱力している。
ふむ。暴力に貧相な食事のせいでやつれてはいるが、それだけだな。
最悪の場合、女性は乱暴でもされるのかと疑っていたがサブカルチャーに毒されすぎていたな。そもそも引き出し屋のメンバーにも女性がいるし、女性の相手は女性が担当していたんだろう。リンチなんかも。
これは警察が難色を示すわけだ。もっとヤクザめいた無法者なら強硬手段に出られるのに半端に普通の民間人だからな。精神修行とか言い出されたら手を出しづらい。親も子供の自立を邪魔する気かと引き出し屋の側に立って庇う可能性すらある。
「今なんだよ！ 甘い顔をしてちゃニートが自立することなんてないんだ！ このまま放置してズルズルと五年十年と時間を無駄にするのか！？ 最後には川崎市や練馬区の事件の再発だぞ！ お前に責任が取れるのか！！」
川崎市の事件とは２０人近くが被害にあった通り魔事件のことかな。
バスを待っていた小学生の児童や保護者が次々と男に刃物で刺されていき、そのうち２人が帰らぬ人となった。
犯人は５１歳のニートで自暴自棄になっての道連れ自殺だと言われている。
練馬区の事件は逆に７６歳の父親が４４歳の息子を殺傷した事件だ。
普段から家庭内暴力を振るっていたニートが付近の小学校の運動会がうるさいと腹を立てて騒いでいるのを聞いて、周囲の人に危害を加えるのではないかと危惧した父親が息子を殺害したのだ。
父親は殺害することでしか解決できなかったと証言している。
このように８０代の親が５０代の子供を養っていることを８０５０問題といい、社会問題と化している。
政府や警察が引き出し屋の規制に及び腰なのもここら辺の事件が原因だろうな。
「そ、それは……」
「それはニートをリンチしても良いって話にゃならんよ」
ここでプロポーズでもすれば格好良いのにヒビキがどもり始めたので代わりに相手をする。
しかしこの男。引き出し屋の社長だと思うんだが、どう考えてもやっていることはただの詐欺行為なのに、本気でニートの将来を案じているような言動をするな。
もしや最初は金儲けで始めたのにそれらしい言動を続ける内に自分でもそれが正しいのだと錯覚したか？
本人もそう信じ込んでいるから信念を持って悪事を働いて、結果が出ないのはニートの根性が足りないからだとか責任転嫁して更に厳しく当たるなんて負のループに陥っているのかもしれんな。
「だから、甘い顔してちゃ……」
「引き籠もるって？ それの何が悪いのさ」
「はぁ！？」
こいつもそうなんだが、世間も何か勘違いをしてるんだよな。
「ニートが問題になっているのは自分で生活費を稼げないから、いずれ行き詰まって爆発するかもしれないってことだろ？ じゃあ、家で出来る仕事をさせりゃいいだけじゃんか」
ネット社会の昨今。家でパソコンが使えりゃ出来る仕事なんて幾らでもある。
順番が逆なんだよ。外へ出られるようにしてから仕事をさせるんじゃなくて、仕事で稼いだ金を使いたくなったら外出を促すってのが正しい順序だ。
まあ、全てのニートがこの方法で救われるなんて言わんが。
少なくとも無理に家から出ろと暴力を振るうより遙かにマシだと思う。
「それに甘い顔、甘い顔と言うが厳しくすりゃニートが更生するなら誰も苦労しないんだよ。精神的外傷ってのはな、信じられないほど治療に手間と時間が必要なんだ」
「現状をそれで変えられるとっ」
「お前も変えられてねえだろ。無理矢理に子供を拉致して暴力を振るって親子間の信頼を破壊して、暴利を貪る。何が好転した？ 就職先に放り込んだニートの様子を見に行ってみたか？ とっくに辞めてないか？ その後の行方は？ 何人か殺してるんじゃねえのか！」
昔からこういう殴れば厳しくすれば子供は正しく成長するなんて変な信仰を持った時代錯誤な人間はいる。
子供が間違ったら甘くした親が悪いとか、甘ったれた精神が駄目だとか個々の問題を見もせずに決めつける。
職場でもそうだ。仕事でミスをすれば真面目にやれと甘ったれるなと変な精神攻撃が始まる。
その暴言は本当に必要なモノだったか？ 最近の研究だと怒られるとむしろ仕事の覚えは悪くなるって言われてるんだぞ。
職場や学校で何人も何人も本当に何人も自殺して、やっと最近になって体罰やハラスメント行為の禁止が意識されるようになった。
それでも、こういう時代錯誤な人間は消えない。
日本の１０歳～３９歳までの死亡原因は何と自殺が１位だ。信じられるか？
「何よりな。お前、真面にやって来た同業者の顔を潰したことに気付いているか？ ネットで引き出し屋を検索してみろよ。裁判だの死者だの悪質業者だのばかりが引っかかって真っ当な引き出し屋の連絡先なんて分かりやしねえ。可哀想だよな。ニートを更生させようと最低限の値段でずっと向き合ってきたのに悪質な同業者のせいで詐欺集団扱いだ。お前らがいなかったら、そいつらが本当にニートを更生させてた可能性だってあったんじゃねえのか？ お前らはな、いるだけで害悪なんだよ」
これが本当の精神攻撃ってやつだ。
ちっとは理解したか！
