俺たちの戦いはこれからだEND
「ちょっとしたトラウマになってますねぇ」
佐藤浩介と佐藤江利香の配信を見て安倍晴明はそう溜息を吐き出した。記憶はなくとも過去改編による世界の再構築は人々へ何らかの影響を及ぼす。
なかった事になったのではなく、再構築されたという過去すらも土台として未来が紡がれている。歴史の改変は再構築前の十年間の記憶を消した上で十年前の時間軸に地球の人間を丸ごと転移させるようなものなのだ。
故に記憶がなくても浩介と江利香はピエロのマスクを被った大量の殺人鬼にポン太の面影を重ねて忌避をした。生理的嫌悪。本能は殺人鬼の脅威を覚えている。
これが世界が再構築された際に統合されなかった橘翔太や物部摩耶あたりだと事情が違うのだが。
たとえ二人に黄金の蜂蜜酒を原液のまま飲ませても昔の記憶を取り戻す事はないだろう。取り戻す参照先がない。
だが、それは一部の例外に過ぎず、地球人類は奇妙な既視感として再構築される前の過去を無意識に認識している。これをマンデラ効果という。
事実と異なる記憶を不特定多数の人が共有しているとされる現象であり、これまでにも過去改変による世界再構築が行われてきた証なのである。
「まあ、ホラーゲームを怖がる程度なら問題ありませんかね。そこまで影響は及ばないでしょう」
重要人物に植え付けられた苦手意識がこの先の未来に悪影響をもたらさないか慎重に検討した安倍晴明はそう結論を出して目を細めた。
アリス姫以外のチート配布者『囁くもの』が誕生したり、SCP世界と現神世界の橘翔太が統合されずに片割れが今もSCP財団に在籍していたり。終末事件の影響は大きい。
そうなるように狙って誘導した側面はあるが、安倍晴明ですら未来を完全に把握仕切るのは不可能だ。何らかの不測の事態が起こっても不思議はない。
そもそも安倍晴明が正確に予知可能なのはせいぜい数週間。それより先は研ぎ澄まされた第六感がかつての穂村雫のように断片的な未来のヴィジョンを拾うに過ぎず、解釈しだいで如何様にも未来は姿を変える。改変される事もあるとは言え確定された過去を覗き見る過去視と未来視は難易度が違う。
彼の予知能力はアリス姫達が思っているより遙かに不安定な力なのだ。断片的な複数の未来のヴィジョンを卓越した頭脳で推理して、世界の行く末を見定める占星術師。それが安倍晴明という男の本当の姿なのである。
「少なくともこれで、ラグナロクにヴァルキュリアとエインヘリヤル不在なんて最悪のパターンは防げましたし」
日本とアリス姫を天秤に掛けずに済んで良かったと安倍晴明は薄く笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『世界の滅亡は防げない。それが三百人委員会の最終的な結論となりました。我々は降ろさせて貰いましょう』
「……本気で言ってんのか。サンジェルマン伯爵」
『ええ。彼の現神は邪神に侵食されきった訳ではないにも関わらず恣意的に文明社会を滅ぼしに動いた。こういう事態を避ける為に蛇神へ信仰を集約しましたが逆効果だったようですな。信仰は対の現神で折半される。次は偏らないよう留意せねばなりませんな』
そう言って電話を切ったサンジェルマン伯爵、伝説の錬金術師はヨーロッパ大陸を世界から切り離し、箱庭の世界へと作り替えた。
かつてあり得た世界で日本を逆鎖国可能だったのはこういう時の為だったのだ。世界の滅亡に抗う為の大陸規模のシェルター。それが日本を閉じ込めた封鎖結界の本来の使い道なのである。
ギリっと一方的に通話の切れたスマホを睨んでアリス姫は顔を歪めた。
自分よりも圧倒的に格上の異能者が抗おうともしない。そういう規模の敵なのだ。
いや、敵という表現すら相応しくはない。それはある種の自然現象である。
アメリカ大陸にある世界最大級の火山。イエローストーン火山の噴火。
それが一般人にとっての世界滅亡の形なのだ。
もし、イエローストーン国立公園の破局噴火が起きた場合、米国の75パーセントの土地の環境が変わり、火山から半径千キロ以内に住む9割の人が火山灰で窒息死し、世界全土が火山灰で覆われ、地球の平均気温は10度も下がり、その寒冷気候が6年から10年は続くと言われている。
イエローストーン火山は7万年前にも大噴火を起こしており、当時100万人いた人類が1万人にまで数を減らしている被害にあっている。
人類が一人残らず絶滅する事はないにせよ、少なくとも現代文明が崩壊しても何もおかしくはないのだ。
そして、それこそが現神の狙いであった。
「現神は必ず相反する属性で2対存在するわ。男神であるゼウスと女神である伊邪那美命。戦神であるオーディンと遊戯神であるロキ。そして人へ文明を与えた始まりの蛇ケツァルコアトルと―――」
「滅亡にして創世の神テスカトリポカ」
敵の正体を語るリデルにアリス姫は分かってると頷いて現神の名を口にした。
アステカの宗教において最も重要なのは太陽崇拝と農業である。太陽が終わる時、宇宙も終わる。そういう世界観を持つ彼らは太陽の寿命を引き延ばす為、人間を大々的に生贄として捧げてきた。メソアメリカ文明では生贄を歴とした制度として確立していたくらいなのだ。
アステカ神話の中では四度、太陽は滅び世界も滅亡している。それを五つの太陽伝説という。
他の神話では太陽神とは1柱である事が多いが、アステカ文明には5柱の太陽神が登場し、互いにその座を争い合うのだ。
その神話の中でテスカトリポカは第一の太陽として巨人を支配していたが、ケツァルコアトルに太陽神の座を蹴り落とされ、ジャガーに変身して自ら世界を滅ぼしている。そして第二の太陽神となったケツァルコアトルを打ち倒して再び太陽神の座を交代させたのである。
テスカトリポカが2度世界を滅亡させて交代した第三の太陽神トラロックはケツァルコアトルに世界毎を焼き尽くされている。
このようにアステカ神話では主神の位置と目される太陽神の座を互いに争って、ついでのように世界を滅亡させているのだ。
「現代文明は始まりの蛇であるケツァルコアトルに与えられたようなもんだ。それを破壊し尽くして新たに文明を与えるのがテスカトリポカの目的か」
「始まりの蛇がケツァルコアトルと呼ばれているのは彼の神が生贄を否定したからに過ぎないわ。テスカトリポカが本当に世界を一からやり直す事に成功したら、テスカトリポカの現神をサンジェルマン伯爵はケツァルコアトルと呼ぶでしょうね」
なるほど、と笑ってアリス姫は現状を把握した。
「教会に悪魔と呼ばれる訳だ。人間に文明を与え滅ぼす。それが始まりにして終わりの現神、双頭の蛇神か」
ラグナロク。神々の黄昏。
北欧神話において必ず訪れる終末の日。神々の世界大戦。
それが神話として歴史に刻まれる程、何度も文明は崩壊と再建を繰り返してきた。
これを古代核戦争説と言う。インドの「マハーバーラタ」ヒンドゥー教の「ラーマーヤナ」中国の「封神演義」。
北欧神話のラグナロクに似たような記述は他の文化圏にも残っており、また核兵器が使用されたかのような不自然な痕跡が世界各地には残っている。
人類史上、初めての原爆実験はアメリカの砂漠で行われた。その際、砂に含まれるシリコンが高熱によって溶解し、黄緑色のガラスとなり地表を覆ったという。この現象は火山噴火や隕石の落下を除けば、核爆発以外では見られない現象なのにも関わらず同じ光景がリビア砂漠に広がっていたという。周囲には隕石墜落の痕跡がなかったにも関わらずだ。
また、確認されている最古の村落は紀元前6500年前後のものと推定されている。つまり現代文明は僅か八千年でここまで発展している事になる。
では人は何時から地球上にいるのか。
現生人類ホモ・サピエンスがアフリカからアジア各地に進出したのが13万年前だ。つまり人間は10万年以上も全く進歩せず狩猟生活を続けていた事になる。八千年で宇宙にまで進出した人類が、である。
「強制的な文明リセット。アステカ神話が正しいなら3万年に1回は人類は滅亡してるのかもな」
「どうする気……?」
「簡単な話だ。つまり、ケツァルコアトルとテスカトリポカをばらばらにしちまえば良いんだろ?」
そうすりゃ人間に文明を与える優しい文化神しか世界には残らない。
そう笑ってアリス姫は宣言した。
「テスカトリポカをバーチャル界に誘拐するぞ! 手伝えクイーン!!」
アリス姫の呼び掛けに、穢れ姫と共にあった暴虐の王が黄金の光りを伴い現れた。
バーチャル能力はVtuberとしての現し身を呼び出す能力である。たとえ世界が再構築されようともアリス姫がクイーンとして配信していた過去が消えた訳ではない。少なくともアリス姫が覚えている限りは。
「ほう。穢れ姫がどういう末路を辿ったか知っていながら俺様を呼び出したか。覚悟は出来ているんだろうな?」
「知るかよ。さっさと世界を救って帰るぞ。俺は忙しいんだ」
「よくぞ咆えた!」
クイーンの笑い声と共に世界は黄金の光りに包まれ―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「夢か」
汗だくになってアリス姫は目を覚ました。
まだ終末事件が終わって1年も経ってはいない。それなのにもう世界滅亡の危機が迫っているのかと冷や汗をかいてアリス姫はボソっと呟いた。
「………………クィーン」
「おう」
即座に出現した胡坐をかいた態度の大きな女を見て、あっちゃーとアリス姫は天を仰いだ。
今すぐ世界が滅亡する訳ではないが、どうやら単なる夢でもないらしかった。
溜息を吐いてアリス姫は。
「全Vtuberにチートでも配るか」
新たな騒動を巻き起こす決意をした。
主人公の勇気が世界を救うと信じて!
はい、打ち切りエンドです。何とか続けようと試行錯誤してたんですけど、ここで終わらないと迷走しそうなんで一旦終わりです。
まだダラダラと配信回や掲示板回とか書きたいし、穂村のリリエット編とかモロホシのシリアスなガチ炎上とか安倍晴明と完全敵対したワンダーランド+ポン太の最初の世界線とか構想は幾つかあるんですが、長編でやっていくと蛇足になる気がするので、物語はここで終わらせようと思います。
続きはオマケとしてちょこちょこ書けたらなって思ってますんで偶に更新があるかもしれません。
今までご愛読、本当にありがとうございましたm(__)m




