八十話 明るく楽しい職場です()
終末事件と名付けた日本の黄泉化や殺傷事件を無事、阻止してから一月。俺達は変わらぬ日常を過ごしていた。
まあ、穂村が発見した霊的微生物の更なる研究の為にユカリや宮内省に紹介された研究者達とエインヘリヤルの契約を結んだり、政治家と密かに面会したり、森田刑事に陽子が被害にあったストーカー事件の対応に動いて貰ってネットから隠し撮り写真を削除したりストーカーを逮捕して貰ったり、八咫烏に陽子の隠し撮り写真を呪術でこの世から抹消して貰ったりと色々と動いてはいたけどな。日常とはいったい……。
それとなく八咫烏の様子も窺ってたんだが、思ったより呪術師の脅威が高くて正直ビビってる。
類似したもの同士は互いに影響しあうってのが、類感呪術で。
一度接触したもの、或いは一つのものであったもの同士は遠隔地においても相互に作用するというってのが感染呪術。
この仕組みを組み合わせりゃホラー映画でお約束の呪いのビデオっぽいのを作れるから、盗撮写真を消さずに隠し持ってる奴らを呪うかと聞かれた時は頭がどうにかなるかと思った。こいつらエロ画像を見ただけの人間を呪い殺せるんだぜ。何というリアルトラップ。
まあ流石に見たら死ぬ写真なんて作成難易度が高いし、やり過ぎだから多少の不幸が起こる程度の呪詛にするつもりだったらしいが、その多少の不幸で人は死んじゃうかもしれないし。パソコンがクラッシュする程度にしておいた。
プログラマーのギフトを持つ加藤も作成に協力した呪術ウイルス。
類似したものは相互に作用を及ぼす類感呪術で故障したパソコンと同じ状態に強制同調させる機能を持たせたコンピューターウイルスを、陽子の写真という元々は一つの画像データだったという事実を根拠として感染呪術で遠隔転移させたのだ。結果として出来たのはネットに繋がっていないパソコンにすら転移して感染させるという悪魔のウイルスだ。
幾らでも悪用できそうで、ヤバい。呪術師と現代社会とは相性が良すぎる。
沙織が多少の霊視は可能な所謂、霊感が強い人だった事で俺も幽霊や呪いが認識できるようになったし、リンク能力で呪いの類いは簡単に浄化できるし、俺にとっちゃ呪術は大した障害にはならないんだが。国家規模にまで話が膨れ上がったり、ネット内で完結されたらな。
最悪、ネット経由で世界規模の無差別テロが発生してしまうやも。これ、フリーメイソンじゃどんな対策を……。
インターネットが生まれて60,70年くらい。日本じゃ30年くらいしか経ってねえな。そもそも前例がない気がする。オカルトが常識で駆逐された後に生まれた文化だし。
つまり俺らが対策案を国に提出しなきゃいけない?
「面倒くさ。え、ガチで?」
放り投げたいけど、民間にも呪術師は『囁くもの』の影響で生まれ得る。俺が自重しても無意味だ。現代社会はもうパソコンがなきゃ成り立たないし、何よりV企業であるひめのやもバッチリ被害にあってしまう。バーチャル能力もリンク能力もインターネットありきの異能だし。下手すりゃ呪術ウイルスにチート能力者が機能不全にされかねないな。なんつーもんを開発してしまったんだ。実物があって上に報告も言ってるだろうから下手すりゃ潜在的な反社会組織と見做されかねないな。
いや、そういう危険性がありますよって忠告しとけば勝手に予算と対策部署を国側が組むか。一部の議員は既にオカルトを現実のものとして動いているらしいし。俺は何時ものようにチート能力を配ればOKなはず。
一流の呪術師となった八咫烏あたりは死ぬほど忙しくなる気がするけど。まあ、暗殺任務よりマシだろ。
「お姫ちん。ワンダーランドの旅行企画で話してた短編アニメの試写会はこの日で良い? 忙しいなら多少は遅らせられるけど……」
「いや、V活動も重要なっていうか、本業だし。出来る限り優先する」
もう信じられない程の過去に思えるが、海外旅行の様子をアニメーションにしてネットに流そうとアリス姫プロジェクトは動いていたんだよな。
それで絵描き三人衆に海外の写真を渡して原稿を描いて貰っていたのだ。
アニメは1秒間を24のフレームに分けて、最低でも3フレームに一つの動画の絵を入れる必要があるから、3分の短編アニメでも1440枚以上の絵を描き上げる必要がある。
3人で480枚。アニメーターの世界では月に500枚を超えて描けりゃ動画マンとして一人前だと言われているから、ワンダーランドの絵描き達はチートの後押しもあって本業並の実力を備えつつあるらしかった。一日に10枚以上の精密な絵を動きを意識して描いてて、見てるだけで必死さが伝わって来たな。
これで動画マンの収入は1枚高くても200円くらいで採用されなきゃ無収入だってんだから狂ってる。
月収9万6千円。バイトの方がマシなのでは……。一人前の給料なんだよな? 平均労働時間1日約12~18時間でこれは地獄だ。
これが原画マンと呼ばれる絵コンテの要所のシーンを、漫画のネームにペン入れをするように精密な絵に描き上げる役職なら1カット3,5千円になるんだが。動画マンの倍くらいの給料。会社によって変わるし出来高制だから個人的な技量に大きく左右されて、その上、基本的に一般職より平均所得は下だがな。人によっちゃ稼げるとか。
動画マンで認められた一部がこの原画マンになって、その原画マンが作画監督になってとステップアップはするんだけどな。その前に9割が辞める。
アニメは当たり外れの多いコンテンツで赤字で終わることもあり、零細企業が自転車操業で回してたり、海外の人件費が安い国で制作したりもするから給料が安いのは分かるんだが、質の高いアニメーターは次々と海外に取られてるし、ガチでこのままじゃ日本のアニメ文化は終わるな。
人気職業だから次々と給料が安くても働きたいって人間は来るんだが、それを良い事にやりがい搾取されてんだよなぁ……。アニメ業界じゃ次世代が育たず全体的に高齢化してるのが分かんないのかね?
ああ、でも似たような事はVtuber業界にも言えるんだよな。リリエットとかまさにそれが理由で内部分裂しちゃったし。
「ひめのやが結構な固定給を払えるのは単にチートでズルしてるだけだしな。それと最低限度の人員で回してるからコスト削減も出来てる……いかん、うちもブラック一歩手前だ」
給料面じゃ高級取りだと思うんだが、待遇はあまり良くない。休暇とか職場と自宅が一緒だから曖昧だし。
でも配信頻度を下げると人気が下がって立ち行かなくなるんじゃないかって怖がって自分から社畜になるんだよな。うちのV達も。ここら辺はアイドル業界と同じ構造的欠陥だ。職業病というか。水商売の一種だから人気に収入が左右されるのだ。
やっと安心して日常を過ごせるようになったのに、何か妙にショッパイな。現代社会はもっと、何というか理想郷的なものに見えてたんだが。
いや、こんなもんか。じゃなきゃ俺もトラウマなんて出来てないし。そりゃそうか。




