表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
217/224

七十九話 日常への回帰

 会議も終わりやっと何時も通りの日常が俺達に戻ってきた。

 世界の再構築で消えた空白の時間を認識してるのは一部のメンバーだけだけどな。タラコ唇さんやミサキには黄金の蜂蜜酒を飲ませていないからディストピア世界の記憶は残っていないのだ。寂しいけど、そっちの方が良い。あんな記憶を取り戻しても精神が病むだけだ。

 本当なら拓巳や穂村やユカリにも飲ませたくはなかったんだが、果たす役割が大きすぎて飲ませない訳にはいかなかった。


 特に完全に記憶を取り戻してしまった穂村には申し訳ない事をしたと思う。他の奴は水で薄めた事で夢みたいな朧気な記憶としてしか知覚できてないけど、穂村は仲間が少しずつ欠けていく記憶や友人となった江利香に拒絶される記憶がハッキリと残っている。浩介を殺害した記憶なんかもな。

 おそらく、こりゃオーディンの試練の一種だ。英雄だと現神に認められた事で逆に俺と穂村は常人としての普通の幸福から遠ざけられたんだ。忘却の救いを認められなかったんだな。

 穂村は意外と繊細だし信じられない程に不器用だから、しばらくは様子見を、いや江利香にそれとなくアドバイスをした方が。


「お姫ちん」

「アリスさん」


 会議室のドアを開けて自室に帰った俺を出迎えたのは黄金の蜂蜜酒を希釈した蜂蜜水の入ったグラスを手に持ったタラコ唇さんとミサキだった。

 飲んだのか。得体の知れないクトゥルフ神話の酒を希釈したモノを、説明も受けずに。……誰かに唆されたと考えた方が自然だな。ユカリあたりか?


「「お帰りなさい」」


 二人の負担になるだけだと分かってる。精神を蝕む破滅の記憶だ。取り戻さない方が良いに決まっている。

 でも、だけど。

 知らない世界に放り出されたような気分だった俺の涙腺は喜びに決壊して、俺の内心を余さずに伝えた。


「ただいま」


 泣く俺を二人が抱きしめて。皆で泣いて。

 それで俺の長い長い戦いはやっと終わったのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「これが『ネカマ姫のチート転生譚』での終末事件の顛末だな。少なくとも現神世界はSCP世界ほど破滅的な世界ではなさそうだ」

「そうですか。安心しました」


 リコールマンが第四の壁を越えて得た情報を伝えると包帯男はホッと安堵の溜息を吐いた。

 傍らには彼らの話を興味深そうに聞く物部摩耶と時空妖精コティンが佇んでいる。包帯男の危惧した通り、物部摩耶は世界の再構築で統合されず、独立した存在となったのであった。

 もっともリコールマンがついでのように教授した話によると。時空妖精コティンが時空の狭間で物部摩耶を観測した事で存在が確定してしまったに過ぎず、包帯男が救いに動かなければ『なかった事』になる可能性の方が高かったらしいのだが。なにせ、あの安倍晴明が関わっている。

 よしんば物部摩耶が一人、時空の狭間に取り残されたところで。


「救い出すキャラクターが変更されるだけの話だろうな。おそらく候補は前田拓巳あたりか。何せ作中で弥勒の異名を与えられる程の人物だ。いずれはここへと辿り着いただろう」


 物部摩耶と縁もある事だしフラグは十分だとリコールマンは笑った。

 たとえ世界の外側を観測できずとも、世界の外側に到達する存在を観測する事は出来る。間接的に晴明は世界の外を覗き見ているのだ。観測できるなら干渉できる。


「得体が知れないですね」


 その話を聞いた時、橘翔太のもう一つの可能性の体現者である包帯男は人間の可能性に、英雄という生き物に鳥肌を立てた。

 穂村雫と対峙をした時にも感じた末恐ろしさを安倍晴明にも感じたのだ。唐突に巻き起こる理不尽、法則の外側の存在であるSCPとはまた別の脅威が現神世界の英雄にはあった。


「それで君の質問『世界滅亡の危機を防ぐ為に必要な情報』なのだが……」

「ふむ。既に介入する必要はなさそうですね」


 現神世界は既に救われている。そう聞いて顔をほころばせた物部摩耶と包帯男にリコールマンは何て事はないように言い放った。


「このままではSCP世界が滅びるから、そちらの情報で良いかね?」

「……そう、ですか。お願いします」


 また世界が滅びそうだと何気なく言われた包帯男は干からびたはずの胃が痛むのを感じて腹をさすり、それを見た物部摩耶が心配そうに寄り添った。


「大丈夫ですよ」

「うん」


 SCP世界では何時もの事だ。リコールマンという反則的な味方がいる分、楽に対処できて有り難いくらいなのだ。そう包帯男は物部摩耶に強がった。強がって笑えるくらいにはなったのだ。

 少なくともリコールマンの話を聞くまでは。


「現在進行形で財団が世界を滅ぼそうとしている。最悪、SCP世界そのものが『なかった事』になるな」

「っ!? それは意図的に行われている事ですか?」

「安心したまえ。狙って世界を滅ぼそうとしているわけではない」


 いっそ、楽しそうにリコールマンは世界の危機を口にした。


「最終的に宇宙そのものを無に返すSCP。その名を『縮小する時空間異常』と言う」

SCP-280-JP-縮小する時空間異常

著作者:dr_toraya

http://ja.scp-wiki.net/SCP-280-JP

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ