森田刑事の業務日誌4
森田刑事の乱入にチッとポン太は顔をしかめた。
絶好の逆転チャンスをよく分からない部外者に潰されたのだ。そういう顔にもなるだろう。
「バッカじゃね? 今時……」
反射的にヒーロー気取りの乱入者を馬鹿にしよう口を開いて、視界の片隅に声を出そうとする山川陽子の姿が映りポン太は急いで耳を指で塞いだ。
【動かない……】
「あーあーあー!! 何も聞こえないっすね!!」
大声を出して陽子の絶対命令権の声を掻き消す事で、ポン太は詰みを回避した。
アイドルマインドのチートは強力ではあるが、情報さえあれば対処は容易い。どちらかと言えば初見殺しの異能なのだ。
「よし。今なら」
「待った。君も暴風で人を傷付けるのは止めるんだ」
「そんな事を言ってる場合じゃ」
ポン太の隙に橘少年が精霊魔法で捕縛しようとして、ポン太の前に立ちはだかった森田刑事に止められた。
まだ森田刑事には詳しい経緯が分からない。あくまで善意の第三者に過ぎないのだ。
「シャッ。隙だらけなんだよ!」
橘少年の方に注意を向けた森田刑事へポン太は自動車だろうが粉砕する蹴りを放ち、ガッと岩を蹴り上げたような手応えに痛みを覚えた。
森田刑事の身体能力はこの場に限り、ポン太を凌駕しているのだ。
後に名付けられた森田刑事のチート能力は『ヒーロー・シンドローム』。日本語で英雄症候群という。
本来なら英雄願望や自己顕示欲の強い偏った思想を持つ人間にありがちな精神状態を指す言葉であり、良い意味の語句ではない。自己犠牲や責任感を伴わない行動で事態を悪化させる事も珍しくはない人間を揶揄する言葉であり、ヒキコモリを矯正させてやろうと集団リンチをしていた引き出し屋の社長あたりがこの症状に該当していると思われる。
そう、森田刑事の覚醒した異能はそういう状況に陥る可能性があるチートなのだ。
ヒーローに相応しい状況、シチュエーションに能力者を導き、その場を乗り越えられそうな力を精神力に応じて与えるチート。
それが『ヒーロー・シンドローム』の力である。
勿論、必ずしも能力者がピンチを乗り越えられる訳ではない。ヒーローに相応しき精神性でなくば与えられる力も弱い。
責任を放棄して救いを求める弱者を見捨てれば元の語句の通り、状況を引っ掻き回し悪化させる救い難い愚者へと能力者は堕ちるだろう。ヒーローに相応しきシチュエーションに導く力も消え、ただの一般人と変わらない存在へと最後には成り果てるのだ。
だが、もしヒーローに相応しい精神性でヒーローに相応しいシチュエーションを乗り越え、弱者を救う事が出来たのならば。
決して負けない無敵のヒーローに『ヒーロー・シンドローム』は所持者を至らせ得る。
「君も暴れないで大人しくしてなさい。怪我も治りきってはいないだろう!」
「このっ。放せよ、クソがっ」
「凄い。あっという間にねじ伏せてる」
警察官が犯罪者を怪我をさせずに捕縛する為に鍛えている逮捕術で森田刑事はポン太を足を掴み、ねじり、地面に押さえ込んだ。
抵抗しようとポン太は関節が外れ骨にヒビが入る程の力で暴れるが、物理的に拘束を抜け出せないようポン太以上の筋力で森田刑事は関節を極めている。
その様子を橘少年と山川陽子は呆然と見ていた。ビルの屋上から落下して平気で生きているような怪物が単なるチンピラのように制圧されたのだ。驚きもしよう。
そう、数多くの異能者が殺害する気で攻撃しても平然と復活してきた不死身の殺人鬼は、必要以上に怪我をさせまいと労る警察官の武術に敗れたのだ。
「マジでか。こんな終わり方なのかよっ。こんな、こんなヒーロー気取りの偽善者なんかに!」
英雄症候群は確かに自己顕示欲の発露であり、偽善と言われても仕方のない面がある。
弱者を助ける事が目的ではなく、弱者を助けた英雄になる事を目的として行われる行為は、自分に酔った独り善がりだと揶揄されてもおかしくはない。状況を悪化させる迷惑な奴だと批難される事もあり得るだろう。
だが、もしヒーローに相応しい行動を最後まで貫けたのならば。
きっと本物のヒーローと見分ける事など出来はしない。




