さて、と安倍晴明は語り始める
「頼む、彼女だけは。モロホシさんだけは見逃してくれ。頼む!」
「ハハハ。ヒビキさん相変わらずダサいっすね。リンク能力者なんだから力尽くで止めさせたらどうっすか?」
ワンダーランドマンションは地獄絵図と化していた。
アリス姫が再構築前の記憶を取り戻しディストピアの元凶を思い出してから、ポン太の事はワンダーランドメンバー全員に周知されていた。これから山川陽子が殺される可能性が高い事も、事件の犯行現場も、今ならまだポン太は一般人に過ぎないこともテレパシーでエインヘリヤルに即座に伝えている。
橘少年の救出が間に合ったらしい事は黄金の蜂蜜酒で研ぎ澄まされた第六感で理解はしていたが、それでも念の為にアリス姫はワンダーランドに残っていた戦闘可能なメンバーを事件現場に向かわせていたのだ。
同時進行中の八咫烏事件で被害者を出さないよう対処する必要があったアリス姫は山川陽子の事件には間に合わない。
故に時間遡行者特有の先読みで仲間を動かしハッピーエンドで舞台の幕を降ろそうとしたのだが、とある現神の卓袱台返しで全てが裏目になってしまっていた。
現在のワンダーランドマンションには非戦闘員しかいない。騒動を聞いてモロホシを心配して個人的に駆け付けたヒビキ以外に戦える者はいないのだ。
だが、シンクロ率も大して高くない彼では、トップクラスのシンクロ率を誇る佐藤浩介を上回る身体能力を持つポン太には敵わない。
変身したヒビキを叩きのめしたポン太は彼を足蹴にしたまま、目の前でモロホシの命を奪おうとしていたのだった。
「誰か……お願い、誰か」
首を絞められてヒューヒューとか細い息を吐き出したモロホシをポン太は笑顔で―――。
【チェンジ】
「テメェ。ポン太、アタシの家で何をしてやがる」
「あ、ミカエルさん。久しぶりっすね。お邪魔してるっすよ」
廃ビルの屋上から自らダイブして死にかけたポン太はこのままワンダーランドの異能者と戦うのは不利だと、一旦、身を潜めていた。
取り戻した記憶では佐藤浩介やアリス姫に襲い掛かり返り討ちにあった記憶がある。現状の力量ではツマラナイ結末になる可能性が高いと機を伺う事にしたのだった。
そこで彼は引き出し屋事件の際に知り合ったネトゲ仲間のミカエルの家に、レベル上げも兼ねて立ち寄ったのだ。
パキッと冷蔵庫の中身を物色して漁ったチョコレートを口にしてポン太は返り血で血塗れになった顔に笑顔を浮かべた。
「それにしても帰宅が随分と遅かったじゃないっすか。旦那さんもお子さんも、もうとっくに息絶えてますよ」
「なぁ。ポン太、お前。まさか生きて帰れると思ってないよな?」
リンク能力でテンプルナイトに変身したミカエルにポン太は当たり前のように返事をした。
「思ってるに決まってるじゃないっすか」
激情に目が血走ったミカエルが虚空から刃物を取り出して襲い掛かってくるのをポン太は笑顔で迎え撃った。
良さげな武器まで提供してくれるなんてボーナスキャラみたいだと拳を振りかぶり―――。
【チェンジ】
「あれ、お兄ちゃん。帰ってたんだ」
「妹ちゃん、久しぶりっすね」
「アハハ。その呼称を使う人、滅多にいないと思うよ」
廃ビルの屋上から自らダイブして死にかけたポン太はこのままワンダーランドの異能者と戦うのは不利だと、一旦、実家に帰省していた。
取り戻した記憶では佐藤浩介やアリス姫に襲い掛かり返り討ちにあった記憶がある。現状の力量ではツマラナイ結末になる可能性が高いと機を伺う事にしたのだった。
「そういや、妹ちゃんもネトゲを遊んでたっすよね?」
「うん。お兄ちゃんのやってるゲームじゃないけどねー。お前まで兄みたいなフリーターになるってお父さん達に妨害されて大変なんだよ?」
「あー悪いっすね。でも、もう妨害される心配はないんで安心して良いっすよ」
そう言ってポン太は返り血で汚れた衣服を脱ぎ散らかした部屋を見た。中にはもう、物言わぬ両親の骸が二つ転がっている。
「? そうなんだ」
首を傾げる妹を見てポン太は良いことを思い付いたと手を打った。
ポン太の取り戻した再構築前の記憶には自力でチートを獲得した際の記憶も完全に残っている。ネトゲで自キャラがダメージを負う際に自らの肉体を傷付けていた血塗られた記憶がハッキリと。チートの覚醒方法は悪魔に魂を売る事のみではないのだ。
実際には『囁くもの』による後押しがなくては無意味な自傷に過ぎないのだが、ポン太にその前提知識はない。
だから彼は相手がチームを組むなら、こっちもと妹に一緒にゲームで遊ばないかと誘いを掛け―――。
【チェンジ】
脳内でめまぐるしく移り変わる光景に安倍晴明は顔をしかめた。
ポン太、藤原史郎の性格があまりにも破綻し過ぎていて未来の想定のどれもが血に濡れているのだ。
まだ、せいぜい10通りの未来しか予測はしていないが、あまりもの愚かさに溜息が出そうであった。
「世界滅亡の危機は既に回避を出来ましたけどねぇ。ここで被害者を出して終わりじゃ後味が悪いですし」
それに自分の計算を覆して最小限の過去改編で理想の未来に世界を再構築した英雄達に顔向け出来ないと晴明は気合いを入れ直した。
本来なら、最低でも後2,3回の過去改編は世界を救うのに必要だと思っていた安倍晴明の想定を現実は大幅にショートカットしているのだ。
リコールマンと同じSCP。時空妖精のインチキさで安倍晴明すら参ったと笑うしかないTAS染みたルートで世界は救われた。
既に物語的には大団円なのだ。藤原史郎の悪足掻きは世界救済シナリオ的には蛇足に過ぎない。
もう大丈夫だと想定外の曲芸的な挙動で世界が救われていく様を安倍晴明は愉快に見ていたのだが、空気を読まない現神の介入に、一気に晴明の顔は真顔になったものだ。
「私が武力介入してはツマラナイ。一方的な展開になると経緯を無視して日本を海の底に沈めた御方が、また卓袱台返しですか。好い加減にしてくれませんかねぇ。貴方のエンターテインメントに付き合わされるのはもうウンザリなんですよ」
【怒った? ねぇねぇ、キレてんの?】
クスクスと笑った声に晴明は凄絶な笑顔を浮かべて応えた。
「まさか」
神殺しの方法と実現可能な未来を幾つか脳裏に浮かべた安倍晴明は、引き換えに世界が滅亡する事を再確認して怒りをグッと堪えた。
世界を救うには派手に面白く、見ていてハラハラとするような起承転結を心得なければならないのだ。
一大イベント。世界滅亡の危機は遊戯の現神にとってこれ以上ない娯楽だ。介入しない訳がなかったのである。
「さて、では最後のイベントの幕閉めといきましょうか。主役は一人の悩める若き警察官」
安倍晴明は見てきたかのように、これからの未来を語り始めた。




