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バッドエンドの向こう側9

「貴女には衰退したオカルト文化を復興させて欲しいのです」


 サンジェルマン伯爵の言葉にアリス姫はなるほど、と頷いた。

 サンジェルマン伯爵の狙いはシンプルだ。現神へのクトゥルフ神話の邪神の同化は人に止められるものではなく、密かに促進しようと蠢く邪神の信奉者を葬って対処するのが限界である。故に現神の別側面である神格を強化することで相対的に邪神の側面を弱体化させようとしているのだ。


「泥水の混じってしまったワインのようなものだろうと現神は世界の守護者であり法則を敷く者ですからな。人間社会を営み続けるには必要不可欠」

「ルールを敷く者。まさか宇宙の物理法則すら現神が定めたと言うつもりなのか?」

「さて。残念ながらそこまでの確信は私にもありませんがな、異能に関する法則は全て現神が定めたものなのは確かですな」


 一見、物理法則は絶対不変の大原則のように思えるだろうがビッグバン仮説が見出され科学者らがその理論に基づいて分析した結果。

 この宇宙の初期の段階では物理法則自体が定まっていない時期があり、ある切っ掛けで物理法則自体がある方向性で決まってゆく。空間自体の性質がある方向性で決まってゆくというプロセスを経て、現在我々が知っている『物理』自体が出来上がってきた、とされているのである。


 その切っ掛けを何者かが定めた可能性があると言われたアリス姫は流石に大袈裟だろうと笑った。

 現神は異次元の色彩のような高次元の生物が人間の長い信仰を得て進化した者である。先に世界があって、後に現神が居るのだ。辻褄が合わない。


「時間の流れは必ずしも一方通行ではないのですよ」


 そう言ってサンジェルマン伯爵はワインをグラスに注いだ。

 黄金色に輝く液体がちゃぷんと揺れた。まるで飲める金といった様相のワインがアリス姫の目を惹き付けた。

 美味しそうにワインを口にしたサンジェルマン伯爵は目を細め、意味深に微笑んで言った。


「現神は世界に法則を敷く者。邪神は世界の法則を歪める者。SCPは世界の法則から外れる者。そう言う事ですな」

「SCP? 初めて聞いたが……」


 首を傾げるアリス姫にサンジェルマン伯爵は新しいグラスを手品のように取り出して黄金色のワインを注いでいく。


「細かい説明はこのワインを飲めば省いて良いでしょうな。貴方達の偉業に対する私からの些細な報酬、黄金の蜂蜜酒です。受け取って下され」

「黄金の蜂蜜酒。クトゥルフ神話の酒か。邪神の侵食に抗う爺さんがそれを利用するのか」

「どれだけ希釈しようと泥水が混じってしまった事実は否定できませんからな。それならば多少は有意義なものとしなければ」


 邪神ハスターの奉仕種族ビヤーキーを召喚するのに必要な秘薬。黄金の蜂蜜酒。

 ビヤーキーは人語を理解し召喚者を乗せて光速の400倍の速さで宇宙空間を飛行可能な種族だ。星間空間に潜んでおり宇宙空間を飛ぶ場合、召喚者の魂のみを乗せて星を渡る蟻や蜂と翼竜を掛け合わせたようなデザインの生物である。

 また、黄金の蜂蜜酒は単体でも肉体から精神を分離させ、一種のテレパシーや予知夢といったものを見れたり、感覚が非常に鋭敏になったりする効果を持つ。


(リデル。お前はどう思う? 神様から啓示は下りてきてるか?)

(……遠慮した方が良いんじゃないかしら。相手は伝説の錬金術師よ。どんな罠が仕掛けられているか)

(なるほど、啓示はないんだな。じゃ、飲んだ方が良いって思うのは俺自身の直感って事か)


 ニヤリと笑ったアリス姫はリデルが引き留める声を聞き流し黄金の蜂蜜酒を口に含んだ。

 甘くトロリとしたお酒が舌を刺激し、あまりの美味しさにアリス姫の表情だけではなく脳髄すらもとろかし、膨大な情報を脳に叩き込んだ。


「かっ……ぐぅ……」


 次々と脳裏に過ぎる光景に膝を付いたアリス姫は、それが単なる妄想や予知ではない事を理解して、苦しみながらもニヤリとふてぶてしく笑った。


「助かったぜ、サンジェルマン伯爵。邪神の脅威とSCPの異常性が、よぉーく分かった」

「なに。私も国を一つなかった事にする大事業を免れますからな。ウィンウィンという訳です」


 サンジェルマン伯爵と笑い合ったアリス姫は一連の事件の記憶を取り戻しただけではなく、世界の外の光景すらも脳裏に浮かんだ事に苦笑して立ち上がった。

 どうやら現神世界はご都合主義らしいぜと、自分を観測してるらしい読者へと語りかけながら。




「準備は出来たな。覚悟はいいか」


 そうセイは八咫烏の仲間に確認した。呪術が失敗して無駄な犠牲が出るだけの結果に終わるのだけは避けなければならない。

 日本の対魔組織に無意味な殉死を許容できるだけの余裕などありはしないのだ。


「今更、そんなこと聞く?」

「あー怖え。しょんべんチビリそう」

「止めて。死に際にまで不快な思いをさせんな」


 ワイワイと賑やかに八咫烏の構成員はセイに返答した。その中に大人の声は混じってはいない。

 声変わり前の子供の声だけが響いていた。八咫烏で大人になれるほど長生きを出来る者は限られている。

 彼らはまだ十代前半の少年少女なのだ。この中でただ一人、セイだけが18歳と少し年上だが、それは病弱だった弟が身代わりとなっただけの話であった。


「そんだけ無駄口を叩けるなら十分だな。ハンマーを構えろ」


 彼らの前には小さな持ち運びが出来るくらいの七つのお地蔵様の石像が置かれていた。


「待たせちまったな、アオ。父ちゃんと母ちゃんによろしくな」


 同時に振り下ろされたハンマーがお地蔵様を砕き、彼らは自らの救済を否定した。そのはずであった。

 だが、ハンマーを振り下ろされたお地蔵様の石像は傷一つ付かないまま、柔和な笑顔を浮かべ続けている。


「な、何で?」


 ざわっと騒ぐ八咫烏の子供達をお地蔵様は優しい笑顔で見つめ返した。


 たとえ子供達そのものに拒否されようとも、それでも尚、子供をさとし導き苦しみから解き放つ。それが地蔵菩薩である。

 六道を地獄だろうと自らの足で渡り歩いて衆生を救う地蔵菩薩が自らの現し身を破壊される程度で子供達を見捨てるはずがないのだ。

 賽の河原で親より先に死去した幼い子供の霊を鬼から庇っていたように、今もまた八咫烏の子供達を現世の苦しみから庇い続けている。


「悪いな。大切な儀式の邪魔をしちまって」


 一瞬で消えるはずのアリス姫の結界魔法が何故か持続し続けている事に、アリス姫自身すら地蔵菩薩の石像を驚愕の目で見た後。

 人の悪い笑みを浮かべてアリス姫は八咫烏の子供達に提案した。


「なあ、七人ミサキの仲間を救う方法があるって言ったら、どうする?」


 また一つ世界は時計の針を刻み始めた。

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