バッドエンドの向こう側5
君達の中の不運な一人、この作品を読んでいるとある読者の肩をポンポンと背後から叩いて驚愕と悲鳴の声をあげさせて遊んだ後、リコールマンは笑いながら包帯男との通話を再開した。████、迷惑を掛けてすまない。だが、彼は幾つかの現実世界を行き来する事と、創作世界に通話を掛ける事以外は出来ないので安心して欲しい。地の文であり自我を持たない私に責任は持てないが。
おっと、ヒューム値が下がっているな。世界の理が歪み始めている。このままでは█████に怒られてしまう。以後、私の事は気にしないでくれ。
【検閲されました。文章が個性を持って読者と対話する事は収容違反となります。以後、気を付けるように】
【上記の文は作者である八虚空が書き綴った文章であり、他の如何なる理由もありません。貴方達も余計な詮索はしないように】
物部摩耶を救いに向かう途中、ちょっとしたイベントが起こった。
この時空の狭間、世界の外側で包帯男は自分以外の他者と出会ったのである。
マトモな手合いではないだろうと包帯男が警戒して身構えるのとは裏腹に、出現した小柄な人影は笑顔で彼に走り寄った。
人間に換算すると小学生くらいに見える身長の人型実体だ。傍らには妖精のように見えるお供を連れ、ブカブカのコートを引きずっている。まるで魔法使いのようなスタイルであった。
「良かった。人?が、いた! 実は僕、迷子で。この子、コティンに変な所に連れてこられちゃって」
「クポポッ」
「待ちなさい。それ以上、近付いてはいけない」
「え、はい」
抱きついてきそうな勢いで駆け寄ってきた少年を包帯男は急いで制止した。
彼の身体はSCP-1203-AW-ミイラ包帯で包まれている。接触してしまえば少年は包帯の及ぼす風化現象に被爆して、あっけなく最期を迎える可能性があった。
この包帯の影響化に晒されないのは異常存在であるSCPと包帯男が兄から手渡された萌葱色に変色したコートだけである。
その世界を渡る際に変質した世界に一つしかないはずのコートを少年もまた身に着けているのを見て、包帯男は慎重に少年を問いただした。
「おかしな事を聞きますが答えてくれませんでしょうか。そのコートは最初から、その色だったのですか?」
「? ううん。兄ちゃんに掛けて貰った時は焦げ茶色だったよ」
「そう、ですか……」
少年の正体を看破して、包帯男はどう対応すべきか悩んだ。
彼は時空妖精のように時間軸から自由ではない。少年が平行世界の自分自身であるならば問題とはならないが、もし同一時間軸の過去の己であったならば。
タイムパラドックスが発生してしまう。
タイムパラドックス。例えば未来の人間が過去に遡って自分の親を殺害してしまった場合、そもそも生まれないので過去に遡る事自体が出来ないので殺害できないという時間改変の矛盾を意味する。パラレルワールドが新しく生まれるだけだという解釈で矛盾を矛盾としない展開を繰り広げるパターンもあるが、それは安倍晴明によって過去に見えるだけの平行世界への介入と創造に過ぎないと指摘済みだ。
過去は絶対に変えられないという展開も現神である戦神オーディンによって否定されている。
この問題を時空妖精の場合は完璧に無視する。だから? と矛盾を許容するのだ。
たとえ過去の自分自身を未来の自分自身が殺害しても、時空妖精の場合、未来の自分自身に影響は及ばない。同一時間軸の自分が過去で死んでいるにも関わらずだ。ルールの外にいるもの。それがSCPである。
そして包帯男はSCP財団でも名うてのエージェントだが所詮は人に過ぎない。過去の自分に何かが起こったら未来の彼は消滅するだろう。
世界はタイムパラドックスによる矛盾を当事者を消す事で解消する。そんな人間はいないので、時間改変による矛盾も起こらなかったという訳だ。なかったことになる。
「いや、この後に記憶処理が財団によって行われる。矛盾は生じない」
「それで良いのかね?」
生命の危機に包帯男が頭を巡らせていると、手に持った古びた黒電話の受話器からリコールマンの声がした気がした。実際には包帯男が一人で喋り続けているのだが。
過去の橘翔太は未来の自分である怪しい黒包帯の人物の挙動を見て、一歩後退った。
やっぱりこんな場所にいるんだから、変な人だったんだと納得して。
「何を言いたい」
「君の生まれた世界を救うチャンスじゃないか。SCP世界ではなく、現神世界に案内したまえよ。それで未来は変わる。過去の君が世界を救えるかは別問題だが、舞い戻る時期によっては大きな影響を与えられるだろう?」
たとえば穂村雫がエインヘリヤルになる前にアリス姫との争いを止められれば最後の希望は残る。
たとえば藤原史郎がアリス姫と知り合う前に彼を逮捕できれば世界は黄泉に沈まない。
たとえば、アリス姫が生まれる前に前田孝を殺害すれば日本は普通の国のままだ。
「……最後はトラップですね。アリス姫がいなければ橘翔太はただの小学生だ。時間遡行が可能な時空妖精と出会う確率は消え、タイムパラドックスとして抹消される」
「いいや。確かに異能者としての橘翔太は消えるだろうが過去改変は成功する。そのくらいの矛盾は時空妖精の影響で問題とはならない。普通の小学生として兄と暮す橘翔太という可能性に収束する」
そう、そしてそれは包帯男にも該当する事実だ。
リコールマンは悪辣な選択肢を言葉にして未来の橘翔太に突き付けた。
「ここで過去の自分を現神世界に案内すれば君の生まれた世界は救われるだろう。君は過去改変の結果、現神世界の橘翔太と統合されて偶に思い出す可能性の未来に過ぎなくなるかもしれんがミイラの身体を抱えて生き続けるよりマシではないかね?」
ただ、そうリコールマンは続けた。
「君の記憶を無理矢理に抹消した財団があるSCP世界は滅びるだろうがね。別に問題ないだろう? あの世界に君は何の執着もない。既にそんな感情は摩耗してしまった」
「っ!」
ざりっと包帯男の身体がこすれて渇いた音を立てた。
彼はもう何年も食べ物を食べる事も水を飲む事も出来ていない。人と会話する事も珍しいだろう。何時もSCPに対処する為に世界を駆け回っている。
意識を失うように眠って、活動を停止していた彼を財団が収容しようとした過去すらある。
何の為に世界を守るのか疑問に囚われても不思議ではないのだ。
佐藤江利香の自己領域に出現したばかりの彼を思い出して欲しい。彼は、橘翔太は自分は人間だと大声で笑って、泣いていたではないか。
「選びたまえ」
SCP世界を救いミイラとして永劫に財団に奉仕をし続けるのか。
現神世界を救い人間として家族のもとへ帰るのか。
リコールマンは橘翔太の成れの果てに問うた。




