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バッドエンドの向こう側3

「やはり、選ばれたのはマヤちゃんでしたねぇ」


 森羅万象と万物の流転を意味する太極図と五芒星が消えていくのを見ながら安倍晴明は遠くを見た。

 天神様の細道を凄まじい早さで逸れていく小さな小さな背中を。

 魑魅魍魎の追跡も他界した両親の心配する声も届かず、只管に遠くへ遠くへと太極図と五芒星の魔方陣に乗って彼女は離れていく。安倍晴明が唆した大秘術を真実だと信じて。


 そして、とうとう世界の外側。三千大千世界を管轄する御仏の座する涅槃がある外へと悟らずに到達してしまったのだ。

 フッと安倍晴明にさえも見えない何処かに辿り着いた物部摩耶を尊敬して晴明は目を細めた。彼でさえ世界の外側へと辿り着く事は出来ないからだ。

 移動を加速する乗り物を用意はしたが、世界の外へと逸脱する大儀式を成功させたのは子供達の力と願いが本物だった故なのだった。


「実の所を言いますとね、私は君達を見くびっていました」


 安倍晴明の言葉に、不安そうに仲間が消えた地点を見詰めていた子供達が顔を上げた。

 そして、珍しく笑みのない晴明の真摯な表情に驚いて真剣に耳を傾けた。


「せいぜい過去のように見える平行世界。別世界線の現神世界に辿り着き、新たな平行世界を生み出すのが限界だろうと。過去改編に成功した気になって満足するだろうと、そう思っていました。無闇に世界を増やし続け、管理の手間を増やした罪を地獄の補佐官となる事で償っている小野篁おののたかむらのように」

「え、そんな事、初めて聞いたぞ」

「過去のように見える平行世界? そんなトラップまであるのか」


 晴明の言葉に騒然とした子供達はしかし、褒め称えるという事は成功したって事だろうと表情を緩めた。

 この中で一人、ミサキだけが安倍晴明の醸し出す不穏な空気に気付き、険しい顔で立ち上がった。


「マヤちゃんはどうなったの?」

「はい。君達の予測通りです。彼女は世界の外へと到達しました」


 世界宗教の一つ。仏教の最終到達地点、解脱へと悟らずに至ったのだと安倍晴明は感慨深く言い、子供達は歓声を上げ。

 続く言葉に凍り付いた。


「おそらく世界の外側で時空の狭間に呑まれて立ち往生しています。予定通り、過去改編は失敗です」


 そう、満足げに安倍晴明は笑った。




「え? どういう事?」

「失敗した? なんで?」

「だって俺達、先生の言ったように……」


 安倍晴明の言葉を信じてここまで努力してきた八咫烏の子供達は迷子になったような顔で晴明を見上げた。

 彼は笑顔のまま発言を撤回しない。


 過去改編は失敗したのだ。


「そもそもですねぇ。仏教の最終目的は悟りにこそあります。悟らずに六道輪廻から解脱しても意味はないでしょう。御仏が解脱するのは世界の管理を外側から行う為であり、御仏が座する場所こそが涅槃と言うのですよ。人工異界ならぬ神工異界。御仏の寝床を格好良く表現したのが涅槃なのですから、単純に世界の外へと到っても意味はないし涅槃にも辿り着けない訳です。最低でも自力で世界を作成できるようにならないと、世界の外を利用する権利と利益は得られない訳ですねぇ」


 何時もの授業風景のように解説する安倍晴明を信じられないものを見るような目で子供達は見た。

 彼らは安倍晴明という伝説の陰陽師を見誤っていたのだ。

 ボロクソに貶しながらも信じていた。彼ならば世界を救うだけの力と見識と良識があるのだと。信じていたのだ。


「嘘だったの? 今までの事、全部、嘘だったの!?」

「嘘ではありませんよ? 世界の外側を経由する事で現神と同じ過去改編の大秘術は可能です」


 ただ、そう晴明は続けた。


「私にもそんな事は出来ませんがねぇ」


 我慢しきれなかったミサキが一発、晴明の顔を殴った。

 まだ聞かなきゃならない事があると手加減する必要があったのが、無性に腹立たしかった。




「動機を言って。何の為に実現不可能な計画を立てて、私達を唆したの」

「いたた。か弱いんですから、もっと手加減してくださいよ」

「もう一回、殴られたいの?」


 降参と手を挙げた安倍晴明を睨んでミサキは唇を噛み切った。

 自分の愚かしさが、マヤちゃんだけじゃなく行方不明になってまで彼女を救った少年の献身を無に帰したのだと後悔して。


「その前に一つ確認したいんですがねぇ。今、総理大臣の諸富星野さんとフリーメイソン日本支部代表の石沢優香さんが秘密裏に会合をしているってのは本当ですかね?」

「なっ、何で知ってるの?」


 極一部の限られた人間しか知り得るはずのない情報にミサキは顔をしかめた。ミサキとてサキュバスの一員でさえなければ情報は下りてきていなかっただろう。

 テレパシスト対策が行われた厳重な警備でさえ、この男にはないも同然なのかとミサキは顔をしかめ、晴明に否定された。


「私が知ったのは純人類過激派経由です」

「そんな」


 何処か遠くで爆発の音が鳴り響いた。予定通りだと晴明は微笑んだ。

 晴明はこれを確認する為にわざわざ儀式の場を国会議事堂近くに選んでいたのだ。


「ふむ。どうやら予想通り襲撃しましたね。エインヘリヤルの契約を結んだ新人類派から国の政権を取り戻そうとテログループが動きましたか」

「―――まだ、最悪の事態に陥ったとは限らない」

「ええ。でもこれで新人類派と純人類派の戦争は避けられないでしょうねぇ。少なくとも一年以内には内乱状態になります。悲劇の連鎖が始まり、アリス姫の精神を揺さぶり、歩く妖蛆が表に出てくるのも時間の問題という訳です」


 この世界の現状を安倍晴明はゲームになぞらえて、こう表現した。


「バッドエンド。全ての希望が消えました。この世界に現状を打破する方法は残っておらず、全てが終息へと向かうでしょうねぇ」


 諦めたように目を閉じて晴明は言う。

 これ以上はもう無理だと。可能性は一つも残ってはいないのだと。


 そう言って、晴明は懐に忍ばせていたスマホを取り出した。通話中の文字がスマホには表示されている。


「だから後は頼みますね。SCP-879-AW-リコールマン」

「それが最後の質問で良いのかね?」

「ええ。お願い出来ます?」


 ククッと笑って世界を俯瞰するSCPは答えた。


「構わんとも。後は私が君の役目を引き継ごうじゃないか」

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