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バッドエンドの向こう側1

 新人類過激派である特殊治安維持機構ネバーランドの一部隊と、純人類過激派である警邏隊が死傷者を出すほどの抗争を起こし二年。

 日本は内乱の気配に怯えつつも辛うじて日常を存続させていた。それにはネバーランドの広報である佐藤兄妹の尽力や、新たな総理大臣に就任した諸富星野モロホシの仲裁や、稲荷の会の霊能力者達という外部からの圧力がなければ成立しないギリギリの状況ではあったが、それでも日常は維持されていたのだ。


「新人類派と純人類派の大戦争まで後一年といったところですねぇ。いやー、指導が間に合って良かった。本格的な抗争が起こってしまえば霊的地場が撹拌かくはんされてしまって、数年掛かりの大儀式なんて悠長な事は出来ないですし」

「何でそんなに平然としていられるの?」


 満足げな顔で教え子達を見る安倍晴明を、浮かない顔でミサキは睨んだ。

 12年。12年もの長い時間、彼の教え子達は7歳という幼い年齢で固定されて歳を取ることが出来なかった。

 それはオカルトが世間に認知された次世代社会である日本だろうと、異常事態だ。この事実が露見してしまえば安倍晴明や片棒を担いだミサキだけではなく、何の非もない子供達まで好奇の目で見られるだろう事は明白だ。


 いや、そうではない。子供達が背負うリスクはそんな生易しいものではない。


「もう2年、アタシはエナジードレインであの子達の成長を阻害してない。儀式は七歳である必要があったんだよね? つまり……」

「ええ。彼らの自分だけの現実が存在を固定してしまっています。鯨の肉を人魚の肉だと騙されて食べた八百比丘尼が不老長寿となったように、一定以上の魂を持った存在が不老になるのは難しい事ではありません」

「エインヘリヤル以外の不老不死。サキュバスが純人類派に狙われたように世間にバレたら、ただじゃすまないね」

「死が怖ければ契約を結べば良いと思うんですがねぇ……。何が彼らを駆り立てるのやら」


 不思議な事に不老不死に惹かれながらもエインヘリヤルの契約を交わし絶対命令権の対象となるのは嫌だという層が一定数はいるのだ。

 アリス姫の自我が殆どないにも関わらずである。未来予知者である穂村雫の警告を信じた面もあるだろうが、それだけではない感情的な忌避感と衝動が彼らを突き動かしているようにミサキには見えた。


「怖いんだと、思う」


 ポツリとミサキは言った。無表情で数日の間に日本を引っ繰り返してしまったアリス姫を思い返しながら。

 それはさながら、抗えない自然現象にも似た災害であった。


「日常が容易く崩れるガラスみたいなものだって思い知らされて、畏敬と畏怖が混ざり合ってアリスさんを冷静に見れなくなってる」


 アリス姫が清廉潔白な人柄をしてるらしいのはテレビ越しに何度も説明されて頭では彼らも理解出来ているだろう。

 だが、彼らが実際に見たアリス姫は無表情で人間を拷問するような化物なのだ。人は自分で見たものこそを信じて疑わない性質がある。いくら説得されようと心に根付いてしまった印象は消えない。


「後悔してます?」


 このままの世界で日常が続く事を前提に物事を考えているミサキへと晴明は尋ねた。

 目をつむって自分の所業が知られたらワンダーランドの皆に何て言われるのか想像したミサキは、でも想像の中にすらアリス姫やタラコ唇の姿がない事に諦めたような笑みを浮かべて、首を振った。


「ごめん皆。後悔できない」


 過去に縛られて今に向き合えないミサキの発言に子供達は笑って答えた。


「良いって俺らも望んで過去を変えようとしてんだし」

「そうそう」

「ここで諦めたら、兄ちゃん達に顔向け出来ないじゃん」

「ああ。なんたって俺らは」


 子供達は息を合わせて宣言した。


「「「国家守護機関、八咫烏なんだから」」」


 日本が戦争に負けて霊的防衛網が破綻した後、生贄のように集められた霊能力者の卵達。それが八咫烏の構成員だ。

 数十年の長きに渡り、彼らは次世代の七人ミサキとして各家庭から浚われて一緒に育てられてきた。霊力を鍛える方法すらも失伝してしまった八咫烏は彼らの間に結ばれた絆と情に期待して、依存する以外に何の方策も持ち合わせてはいなかった。

 犠牲を強制するなんて事は不可能だ。七人ミサキという亡霊に堕ちた後、彼らを止める方法などはない。それなのに七人ミサキになれと無理強いをしたのでは次の瞬間には八咫烏は滅んでいる。


 なら、どうしてそんな破綻した組織がアリス姫に滅ぼされるまで続いていたのか。


『ようガキ共。大人しくしてたか? コンビニで菓子を買ってきてやったぞ』

『悪霊がウジャウジャいたのに平然と外出できんだぜ。すげぇだろ。やっぱ七人ミサキは最強なんだよな』


『勝手に抜け出そうとしやがって、この馬鹿が。危ねえだろ』

『七人ミサキになりたくなくても任命されるギリギリまで八咫烏に留まるんだ』

『近所のアパートに八咫烏の元構成員がいるわ。本部の付近は寄ってくる悪霊を七人ミサキが喰らってくれる。離れると逆に危ないの。組織を離脱したら彼らを頼りなさい』


『俺さ、やっぱ七人ミサキになろうと思うんだ』

『何でだ。外で自由に生きたいんじゃなかったのか』

『だって八咫烏は人知れず皆を守るダークヒーローじゃん。こんな役目を人に譲るなんて格好悪いなってさ』

『この馬鹿が……』


 決して全ての子供が納得して八咫烏にいた訳でも、離脱者がいなかった訳でも、怖じ気づく者がいなかった訳でもない。

 だが、彼らがいなくては増え続ける悪霊に対抗できなかったのも事実なのだ。


 血反吐を吐きながら世界を守る家族の背中を見て子供達は育ち、そうして育まれた絆が、次の世代へとバトンを繋いでいく。

 悪霊を肥え太らせる血塗られた呪術だと貶めたければ貶めれば良い。間違ってはいない。


 でも、だけど。

 繋いでいったのは呪いだけではなかったのだ。


「目指すのは問答無用のハッピーエンドだ。終わりを引き延ばしてるだけの行き詰まった世界なんてゴメンだね」

「私は世界なんてどうでも良い。アリス姫に魂を抹消されたお姉ちゃんを助けたい」

「俺は七人ミサキを本物の守護霊にしたい。アリス姫の協力が得られたら可能なんだ。八咫烏の歴史は愚か者の呪いに満ちた呪詛の叫びなんかじゃない!」


 子供達の声に向かい合うよう空中に浮かべられた太極図と地面に刻まれた五芒星が光を強めていく。

 そして最後にマヤちゃんがポツリと言葉をこぼした。


「私は助けてくれてありがとうってお礼を言いたい」


 八咫烏を終わらせる切っ掛けを作った少女の声に、しかし八咫烏の子供達は笑顔で頷いた。

 彼女もまた、八咫烏の一員であり仲間なのだ。


「始めるぞ。時間遡行の大儀式を」


 静かな声で彼らは世界への反逆を宣言した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 逆転の一手、ですね 誰も望まない結末に一条の希望が見えてきました [一言] 願わくば明るく楽しいワンダーランドの日々がかえりますように
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