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そして穂村雫は失敗する

 アリス姫は長い、長い夢を見ていた。

 世界が終わる終末の夢だ。人々が苦しみ、嘆き、そして一握りの希望に涙する。ありきたりな筋書きの夢だ。


 その夢がエインヘリヤル達を通じて流れ込んでくる現実の風景なのだと。納得するには荒唐無稽すぎたが、アリス姫ならそうなのだと理解できてしまう。

 悪趣味だなとシャッガイからの昆虫をアリス姫は苦々しく思った。アリス姫の苦しむ姿を見たくて、わざわざ情報をアリス姫の魂に送り込んできているのだ。


 特に元ワンダーランドのメンバーとワンダーランドレジスタンスのメンバーを対立させて喜ぶシーンなど見れたものじゃなかった。

 まあ、その加虐趣味のせいで、タラコ唇に化けたミサキの抱擁に動揺したアリス姫が一瞬とはいえ穢れ姫の支配を抜け出す事態を招いてしまったのだが。

 穂村雫に対する思い込みといい、シャッガイからの昆虫は人間を侮り過ぎなのだ。


 特に安倍晴明が裏で策謀を巡らせていた事なんて、エインヘリヤルの情報を精査していれば分かった事だろうとアリス姫は苦笑した。

 なんせ送り込まれてくる情報に紛れて安倍晴明のメッセージがアリス姫に届いていたのだから。

 得体の知れない男だなと、歴史に名を残した陰陽師に一抹の警戒を抱きながらも、アリス姫は安倍晴明のアドバイス通りに現神に接触した事がある。


『魂だけで無意識の海を漂うアリス姫は今ならばドリームランドにいる戦神オーディンと接触できる』


 ただ、それだけのメッセージ。接触した後の指示もないし、接触しろとも強制されてない。

 単なる可能性の示唆。だが、アリス姫の立場で他に縋れるものはないだろうという悪辣な計算が見て取れる。あの男はそうやって自分に責任が来ないよう予防線を張って世界を操るのだ。日本の隠れたフィクサー。安倍晴明とは成功したジェームズ・モリアーティ教授なんじゃないかとアリス姫は悪態を吐いた。


「久しぶりだな。神様。元気だったか?」

「其方か。息災で何より」

「嫌味かよ」


 ギチギチギチと周囲で蠢くナニカを視界に入れないようにしながら、ドリームランドに入り込んだアリス姫は隻眼の爺さんを見た。

 前は爺さん自身も化物の姿だった気がする。オーディンとしての神格を曲がりなりにも取り戻しているのだ。


「伊邪那美命に介入されて困ってんだ。なぁ、何で日本の現神はクトゥルフ神話の邪神に侵食されてるにも関わらず、こんなに元気なの? どう考えても伊邪那美命が邪神の眷属を顎で使ってんだけど」

「女の妄執は恐ろしいという話だ。其方もシャッガイからの昆虫を利用していた時期があろう」

「確かにな……」


 心の底から湧き上がる怨念が邪神の眷属の支配を凌駕していた時期がアリス姫にもある。

 愛とか勇気とかじゃなく、より悍ましい方が勝ったという身も蓋もない結論にアリス姫は苦笑した。この時点でアリス姫が知る術はないが、穂村雫が穢れ姫に勝った方法といい、どちらが邪悪かという夢のない勝負になってしまっている。


「妄念は愛情の裏返しに過ぎん。ゼウスに対する愛が伊邪那美命を祟り神として未だに縛り付けるのだろうな」

「んん? 伊邪那岐命じゃなくてゼウス?」

「どちらだろうと本質は変わらん。伊邪那美命はヘラとしての神格も持っておる。黄泉に囚われたまま、ゼウスの子孫を呪い続けておるのだ」

「つまり、伊邪那岐命の逸話と違い一途じゃない浮気男で、ゼウスのようにヘラを救わない意気地無しがギリシャの現神なのか?」

「本人はとうに別れた元妻がヤンデレと化して再婚相手や子供を呪うと嘆いておるぞ」

「うっわぁ……」


 伊邪那美命がどうして祟るのか少し理解できてしまってアリス姫は眉間を押さえた。

 遙か昔から世界は男神と女神の諍いに巻き込まれて被害を被ってきたのだ。ゼウスの子孫には英雄も多い。伊邪那美命の呪いは日本だけじゃなく、世界史にまで影響を与えている。


「まさか、日本が逆鎖国されたのって」

「ゼウスの意向も多少は影響したであろう。日本が本格的に黄泉になってしまえば、伊邪那美命が現世に出てくる。恐ろしかったのだろうな」

「ざけんなよ」


 そんな理由で何人の人間が餓死したんだとアリス姫は憤慨した。

 が、自分がシャッガイからの昆虫に負けなければ問題なかったのだと思い出してトーンを下げた。八咫烏の件でアリス姫も邪神に与していた時期があるのだ。偉そうに糾弾する事は出来ない。


「なあ、神様。都合の良いお願いだけどさ。現状を何とかしてくれって言ったら叶えてくれるか?」

「其方が英雄として乗り越えた試練に相応しいだけの報償は既に与えておる」


 オーディンの戦神としての在り方にアリス姫はニヤリと笑った。


「つまり、試練を乗り越えさえすれば構わないんだな。神様、一つ賭けをしてみないか?」




 そうしてアリス姫は目を覚ます。

 周囲にいるボロボロの仲間達を見てアリス姫は表情を緩めた。彼らがどれくらい頑張ったのか苦しんだのかアリス姫はよく分かっている。

 ずっとずっと見守っていたのだ。日本のエインヘリヤル一人一人の傍にアリス姫は居たのだ。


「エリカ、加賀見。サンキュな。意識を取り戻せて良かった」

「マスターの遺志だったもの。お礼はマスターに言って」

「ああ」


 号泣する加賀見一郎は言葉にならない声でウンウンと頷いていた。アリス姫が生きて言葉を話している。ただ、それだけの事が救いだった。

 色んなものを取りこぼしてきた中で、それでも救えたものがある。そう思ったのだ。


「穂村も。酷い手段だったけど、助かったよ」

「……穢れ姫時代の事を覚えているんですね」

「ああ」


 目を閉じて過去の記憶を思い出す。あまりにも酷い結末にアリス姫は苦笑した。ワンダーランドの生き残りは穂村しかいないのだ。

 半数は八咫烏に殺されて、半数は穢れ姫が殺した。仲間を殺めた後味の悪い記憶がバッチリと残っている。


「なあ、穂村。お前、救世主って呼ばれてるんだよな」

「そうですね。不思議な事に」

「確かにな」


 穂村雫の本質は何も変わってはいない。それにも関わらず穂村は異常者と言われたり救世主と言われたり、色んな捉え方をされてきた。

 きっと生まれてくる時代を間違えたのだ。英雄の一人として過去の歴史書に記載されるはずだった魂が現代に生まれ落ちて、それで、時代の方が穂村に合わせて変容したのだ。そんな事をアリス姫は思った。アリス姫もまた穂村雫に幻想を抱く者の一人であった。


「穂村。酷い頼みだけど聞いてくれるか?」

「はい」


 介錯をしてくれと頼まれるのかと穂村雫は険しい顔で覚悟した。仲間が消えていくのは何時まで経っても慣れない。

 アリス姫は熱の籠もった目で穂村を見て言った。


「もう一度、世界を救ってくれ」


 え?っと疑問の声を上げた穂村を余所に、虚空に向かってアリス姫は宣言した。



「オーディーン!! 賭けは俺の勝ちだ! 約定通りに願いを叶えろぉ!!」



 アリス姫の叫びに黄金の光が世界を覆った。

 クィーンだ。いや、クィーンを通してナニカが現世に降りてきているのだ。


【良いだろう。穂村雫は確かに救世主の役割を果たした。英雄だと認めよう】


 厳かな声が地に響く。その光景は天孫降臨に等しかった。神秘の桁が違う光景に誰もが気が付けば跪いて涙を流していた。

 何者かに魂を探られる感触に、グゥッと呻いて穂村雫は膝をつく。


【願いは現状の世界を覆す事】


 これまで経験してきた過去の記憶が穂村の脳裏を駆け巡り、アリス姫に異能を与えられた最初の風景にまで遡っていく。

 オーディンは穂村雫の魂を通して過去を辿り、未来の情報を啓示として穂村に下す。


 それを穂村は未来予知だと誤解して。そうしてアリス姫と対立するのだ。

 この僅かな差異がバタフライ効果を起こし、異なる結果へと世界を導く事になる。


【世界を再構築する】


 黄金の光に世界は包まれた。

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