ディストピア世界12
【おのれ、クィーン。何処までも邪魔を】
死ぬのなら人間も諸共に滅ぼしてやると人間モドキを暴れさせようとしていた穢れ姫の狙いは、己のバーチャルキャラクターによって阻止されたのであった。
手当たり次第に人間を殺せという命令を聞いたクィーンが、もはや王ではないと主を見限ったのもやむを得ないのだが、穢れ姫にはクィーンは元から敵だったのだとしか思えなかった。
【グゥガッ。この病も、何かがオカシイ。ただの霊的な感染病なら、ガフッ、破邪魔法と治癒魔法で癒やせるはずっ!】
自らの身体を浄化の光で焼こうと、それでも根絶できないウィルスに困惑する穢れ姫を穂村は用心深く観察し続けていた。
どうやら、あの怪しげな男の情報は本当だったのだとホッと胸をなで下ろして。
「黄泉比良坂。エインヘリヤルと生者が混じる現在の日本は、現世である葦原中津国と死者の国である黄泉の境界である黄泉比良坂に非常に近しい環境です。伊邪那美命の使命を受けて日本を黄泉に堕とそうと動いた貴方は伊邪那岐命を追う黄泉津大神の眷属と見做せる。ならば」
スッと穂村は懐に忍ばせていた果実を手に取った。
「黄泉比良坂に生っていたという桃の果実で追い返せる。……そうですね」
半信半疑ながらも穂村は男の提案を受け入れて霊地に生る霊験あらたかな桃の果実を手に入れ、エキスを抽出して作成していたウィルスと混ぜ合わせたのだった。
古来より桃は魔を祓う力があり、神聖な果実であるとされて来た。邪を祓う魔法では意富加牟豆美命と伊邪那岐命に神としての名すら与えられた桃の果実の影響は除けない。
この説明を聞いて、穢れ姫はこの一連の流れを導いた本当の黒幕の正体を知ったのであった。
【そうか……、そういう事かっ!】
カッと血涙を流して、穢れ姫は叫んだ。
【安倍晴明! 貴様の筋書きかァ!!】
何処か遠くで狩衣姿の男が笑った。
決着は付いた。もはや穢れ姫は生き残る事は出来ない。異能も桃の果実の影響で精細を欠いてろくに反撃できない。
それでもエインヘリヤルに絶対命令権で何らかの指示を出されては困ると、穂村は転移で穢れ姫の肉体をバラバラにした。
有り余る神秘で肉体はすぐさま再生するが、再生する傍から再び転移で細切れにする。何度も何度も繰り返すと再生速度は鈍り、穢れ姫は弱々しく呻くだけとなり。今にも死にそうな状態となった時。
「待ちなさい」
死ぬ寸前のアリス姫を見て、赤衣エリカの制止の声が穂村に掛けられた。
「無理です」
「まだ、何も言ってないでしょ」
「助けられません。いえ、このまま死なせてあげて下さい」
アリス姫の脳とシャッガイからの昆虫は完全に融合しているのが穂村雫の左目には見えていた。肉体だけではない。魂魄同士も複雑に絡まりあっていて、穂村の貧弱な霊視能力ではアリス姫から穢れ姫を分離させる事は出来ない。顕微鏡という科学の力を利用する事で通常の霊能力者では発見できなかった未知の霊的微生物を穂村は発見していたが、霊能力者としては未熟もいいところなのだ。
何より、この状況下でアリス姫の命を助けるのはあまりにも酷だと穂村は思う。
「脳はアリス姫なら再生可能でしょうが、生き残って喜ぶと思いますか? 社会は崩壊寸前。ワンダーランドの人間も殆どいなくなって、その上、ミサキさんを自ら手に掛けた……」
どのみち、助かっても自ら命を絶つか、処刑されて終わるだろうと穂村は断言する。
苦しめる為だけに生き長らえさせる事に穂村は意義を感じられなかった。なら、せめて意思を取り戻す前に穢れ姫毎、終わらせた方が良いと憂いて。それでもと、エリカに止められた。
「マスターに言われたのよ。アリス姫を助けてあげてって。何より」
何時の間にか傍で見守っていた群衆を指さし、エリカは告げた。
「一人で決めるんじゃない。あの中にもいるかもしれないでしょ。アリス姫を救いたいなんて馬鹿げた奴が」
エインヘリヤル、近衛隊、アリス姫親衛隊、異能者、一般人と立場の違う群衆がこの場には詰め寄せていた。
中には穢れ姫を殺せと叫ぶような恨みを持った人間も混じっている。いや、殆どの人間がそうだ。
誰もがアリス姫の死を望むような空気の中で、それでもとアリス姫側に立つ人間は、だが確かにいた。
「穂村さん。ちょっとで良いです。アリス姫の意思を確認する時間を与えては貰えないですか」
「加賀見さん」
今回の事件の功労者の言葉に穂村は顔をしかめた。
穢れ姫を打倒する為に必要な時間を稼いだ人間と、穢れ姫に傷を負わせる事を可能にしたキャラクターの言葉に、穂村は穢れ姫を抱擁したミサキなら何を言うかを想像して頷いた。
「分かりました。霊能力者の方を呼んでください。脳のシャッガイからの昆虫を摘出しましょう」
そうして、やっとアリス姫は目を覚ます。




