ディストピア世界9
「ビーム攻撃とか一人だけ世界観、間違ってるだろ」
「ヨモギ、余計な事を言ってないで集中して! 1万分の1の未来のスロー再生じゃ攻撃を捉えきれない! 白岩姫も、3秒は後回しに出来るんじゃなかったの!?」
「純粋に力不足だね。神秘の絶対量が違い過ぎて黄金の光に干渉できない」
数十、数百と連射されてくるクィーンの黄金の光矢に穂村のバーチャルキャラクター達は険しい顔で対処していた。その一発一発の攻撃が佐藤浩介のトリプルリンクと同等のスピードで放たれているのだ。逸らされた光が直撃した地面はマグマのような様相を呈しており、一発でも被弾してしまえば終わりなのだと村雨ヒバナは顔を強張らせた。
「反射しても黄金の領域に呑み込まれて害はないと。絶対防御と絶対攻撃を両立させた戦闘特化の異能ですね」
そこでは暴虐の王と救世主の人智を超えた戦いが繰り広げられていた。
太陽を思わせる黄金の光が世界を照らし王に刃向かう愚か者に鉄槌が下され、しかし救世主は涼しい顔で光をねじ曲げ王に叩き返していく。罰を受けるべきはお前だという救世主の無言の糾弾を、王は笑って踏み潰す。王の纏う黄金の光は神に認められた証、王権の象徴である。圧政を敷いた程度で世界の理は覆らない。
「どうした救世主? 防ぐだけでは俺様には勝てないぞ?」
ククっと笑ったクィーンは泰然とした様子で穂村の様子を睥睨した。Vtuberとしての登録者数が1千万を超える故の余裕という訳ではない。バーチャル能力だけで考えるならば穂村雫の方が上回っているはずなのだ。ディストピア社会に疲弊して救世主に救いを求める者達の方が圧倒的に世界には多いのだから。
だが、穢れ姫は黄泉津大神の眷属であり、日本は半ば黄泉に堕ちている。世界の後押しを受けているに等しい状況では救世主と人民に見做されようと単なる異能者の一人に過ぎない。
【何を遊んでいる】
故にこそ、曲がりなりにも穂村が拮抗できている現在の状況は不可解であった。王として世界に君臨するアリス姫の権能ともいえる黄金の光が、ただの異能でねじ曲げられる等あってはならない。それは世界の仕組みに反している。自分だけの現実で異能のルールをねじ曲げる穂村雫だろうと、所詮は人なのだ。世界の法則を誤魔化す程度ならともかく神の定めた法則に逆らうなどは不可能である。
「いいや? 全力で戦っているとも。それでも勝てないのは、ここが黄泉ではないからだろうな」
愉快そうに笑うクィーンの視線が赤衣エリカを捉えた。主が死のうと亡霊のように顕界したままの健気な従者が、主の最期の願いを未だに叶え続けていた。
そう『神秘溢れる日本』を『何の変哲もない国』へと変えているのだ。完全に黄泉へと抗えている訳ではないが赤衣エリカの周囲に限り、もとの日本の空気が流れていた。
「どうする? アイツはバーチャルキャラクターであり絶対命令権の対象ではないぞ。ククッ」
【貴様】
意図的に赤衣エリカを自由にしたクィーンを穢れ姫は睨み、やはり信用ならないと別の手段を講じる事にした。
【奴隷共、何をしている。反逆者を殺せ】
絶対命令権によるエインヘリヤルの動員。ディストピア社会の人口数割に相当する人間達をこの場に呼び寄せたのだ。
「良いか、絶対にこの先には通すなよ。今が正念場だ!」
「分かっている! 死のうが、もうエインヘリヤルにはならない! 俺達の魂は自由だ!」
穂村雫と穢れ姫が戦っている戦場の周囲一帯は異能者による急造のバリケードで封鎖されていた。
押し寄せる敵は不死身のエインヘリヤルと人間モドキの混成軍であり、最終的に敗北する事は分かりきっていたが、それでも時間稼ぎならば彼らにも出来た。
ワンダーランドレジスタンスが壊滅した今、それでも立ち上がった彼らは何者なのか。何故、今まで穢れ姫に逆らわなかったのか。
疑問に思った近衛の一人が罵声と共に彼らを問いただした。
「今更になってノコノコと! お前らは何だ! 俺達がアリス姫の近衛だと知って逆らっているのか!?」
「知ってるさ。俺達もまた、アリス姫の近衛みたいなもんだからな」
ニヤリと立ち塞がった男の一人が笑った。
この世界では名もなき無名の男である。勇気がなくてレジスタンスに加わる事も支援する事も出来ず、ディストピア社会に苦しんで日々の糧を得るだけの空虚な毎日を過ごしていた名もなき民衆の一人に過ぎない男である。
そのモブの名を、加賀見一郎といった。
「ネットゲーム、ブレイブソルジャーのギルド。アリス姫親衛隊。聞いた事があるか?」
「浩介隊長の古巣! 最古の近衛隊か。何故、我々に敵対する!」
「そうしなければならないと、思ったからさ」
匿名のメールが元アリス姫親衛隊のメンバーに届いた時、加賀見はこれが最後のチャンスだと思った。
ワンダーランドレジスタンスが壊滅して、日本が本格的に黄泉へ堕ちようとしている今、穢れ姫に勝つ可能性は穂村雫が生きている今しかないのだ。
いや、そうではない。そういう戦況を理由に立ち上がった訳ではない。
本当に最後なのは、エインヘリヤルの契約を解除されて逆らっても構わないのではという空気になる事だ。
勇気のなさが理由でただ流され続けていた加賀見達には、どうしても忘れられない言葉があった。胸に突き刺さって未だに忘れられない事件があった。
『これから、引き出し屋に浚われたギルメンを現実で助けに動く』
まだ加賀見達が普通のユーザーとしてネットゲームを遊んでいた時期に、そうアリス姫は言って立ち上がった。チート能力を得ても何も変わらず普段通りの毎日を送っていたギルドメンバーを人の悪い笑みを浮かべてアリス姫は抗争に誘ったのである。馬鹿げた話だ。顔も知らない付き合いも浅い赤の他人を助ける為にヤクザ紛いの組織へと殴り込みを掛けようと言い出したのだ。
付き合ってられないとギルドを抜けたギルメンも多かった。Vtuberとしての活動に支障が出るとアリス姫の為に反対したメンバーもいた。
だが、アリス姫は迷わず、こう言い切ったのだ。
『ゲームと現実の区別が付いちゃいない馬鹿げた行動だ。正気じゃない。だが、騎士だとか親衛隊だとか以前にお前らはブレイダーだろ。胸に誇りの火を灯すのがブレイダーだ。お前らの中にゃ勇気の炎なんて欠片もないのか? 所詮はゲームのごっこ遊びか? チートがあっても喧嘩一つも出来ないのか?』
炎のように輝く魂がアリス姫の魅力だった。加賀見達はその輝きに惹かれながらも、それでも結局は遠巻きに見ることしか出来はしなかった。
『最高にイカレタ馬鹿の参加を待ってるぜ』
それでも未だに、あの笑顔を忘れられずにいる。
「俺達はな。俺達は……」
加賀見は叫んだ。ずっとずっと、そういう在り方をしたかったのだ。
「ブレイダーなんだよ!」
ブレイブソルジャー。勇敢な兵士。胸に誇りを抱く強者共。
勇気の火を灯せ。そうアリス姫の声が聞こえた気がした。
「ブレイダーは誇りを、勇気の炎を胸に抱く生き物だ」
遅い、あまりにも遅い宣言に加賀見は自嘲の笑みを浮かべて、それでも迷わずに言い切った。
「リアルイベント。穢れ姫から日本を解放せよを開催する。覚悟は良いかァ!!」
オオッ!と、かつてのアリス姫の仲間達が胸に灯る勇気の炎を燃え上がらせた。




