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ディストピア世界2

「指名手配犯、穂村雫が近辺に潜伏している可能性がある! 心当たりのある住民は直ぐにテレパシーかスマホで通報する事!」

「繰り返す! 心当たりのある住民は王宮か最寄りの近衛に至急、連絡を! 庇い立てをすれば連座で処刑される事になるぞ!」


 ネトゲ時代のアリス姫親衛隊を現実に展開したような時代錯誤な服装をした近衛がエインヘリヤルの契約を交わした人間達を威圧していた。

 スムーズに支配体制を築き上げる為、この世界のアリス姫もエインヘリヤルの契約を自ら結べば必要以上に害そうとはしなかった。契約を拒絶する人間に対する苛烈な圧政とは裏腹な新しい時代の秩序と恩恵の庇護を新人類派閥と言うべき人々は受け取っていたのである。

 だが、契約を結んでアリス姫に庇護されようと日本社会が続いていたパターンとは雲泥の差がある苦しみを民衆は味わっていた。


 何時か何処かの世界線で、穂村雫が予言した通りの窮状が社会に蔓延しているのだ。

『イジメは被害者が死ぬまで続いて特に咎められない。何度も何度もいじめられっ子は殺される。自殺して終わらせることすら叶わない』

 エインヘリヤルはアリス姫の内部で眠りにつけるから終わりたければアリス姫に会いに行く必要がある。面会が叶っても願いを叶えて貰うには多額の献金が必要なので未成年や貧困層には不可能だ。多くの弱者は人間モドキになるまで苦しむ事になる。


『ブラック企業は従業員を過労死するまで働かせるのが当然で、死ぬと特別手当を出さなきゃいけないからパワハラで死ななかったことにして書類を改竄される』

 優良企業なんて実は存在しない。意図的に不足させている食糧でジワジワと民衆を弱らせて殺し、絶対命令権の指揮下に入れようとアリス姫は動いている。死から逃れようと抵抗する人々は高騰している食料を購入する為に死ぬ一歩手前の労働を強いられている。


『サバゲーの代わりに流行ってるのが人間を使ったマンハント。借金をした人間を標的にして貸し出された銃を手に客が笑いながら追いかける』

 標的にされるのは借金をした人間だけではなく、アリス姫の治世への不満を口にした政治犯も含まれる。表現の自由など存在しない。


『育児放棄で餓死する子供は珍しくもない。社会保障も税金の無駄遣いとカットされた。それでも子供は育つから倫理感は根底から崩壊している』

 エインヘリヤルの子供だろうと契約を結ばなければ一般民衆と変わりはない。強制こそされていないが、自我の育っていない赤子の時期に契約を結び死を体験させて絶対命令権の指揮下に入れる事が推奨されている。食料が希少な事もあり、エインヘリヤルの契約を結ばなければ赤子が無事に育つ事は希だ。倫理などクトゥルフ神話のクリーチャーを王に据えた時から破綻していたのである。


 悲劇と呪いの連鎖を生み出す社会の中で、彼らにとっての希望は本当にワンダーランドレジスタンスくらいしか存在しないのだ。

 唯一、アリス姫に刃向かう事が出来ている穂村雫は力なき人々の救世主なのであった。


「繰り返す! 穂村雫を庇い立てする者は同罪と見做し処刑される事になっている!」


 エインヘリヤルの契約を結んでいても一度も死ななければ絶対命令権の対象にはならない。

 表立って反抗する勇気はなくても、密かに穂村を応援する人間は多いのであった。




「近隣にはもういないようだ。今日は一旦、解散して捜索範囲を広げよう」

「ああ、そうだな。通報するだけで多額の賞金が手に入るのに馬鹿な奴らだ」

「ハハッ。全くだな」


 笑った近衛隊の男は一般民衆とは桁外れの給料で食材を大量に買い込み、家へと帰宅した。

 一人暮らしには贅沢な屋敷内のテーブルにドサドサっと荷物を降ろした男はドアの傍に舞い戻り、外の様子を耳を澄ませて窺っていたが、反応がないのを確認するとホッと息を吐いて安堵した。


「穂村ちゃん。大丈夫っぽい」


 女の声で虚空に呼び掛けた男へ、バーチャルトラベルを発動したまま待機をしていた穂村は笑顔で返事をした。


「ありがとうございます。ミサキさん」


 微笑んだ男はジグソーパズルをバラバラにして別の絵を新たに組み直したかのように肉体を自由に変異させると、女の姿へと変貌していった。

 元ワンダーランドメンバーの一人。エナジードレインのチート保持者。サキュバスの生き残り。ミサキ。


 レジスタンスに加入こそしていないが、一度も死んだ事のない数少ない穂村の協力者の一人。


 エナジードレインのチートが肉体年齢を操れる事に着眼して、修練の果てに一瞬で別人へと変身する事が可能となった現代の怪人二十面相。

 家族だろうと変身は見抜けないだろうと恐れられる変装術のエキスパート。それがディストピア世界のミサキなのであった。

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