次世代社会8
「グルルルルッ」
まるで野犬が唸るような声を出して蠢く肉塊が警戒の声を出す。
何処に発声器官があるのかヌチャヌチャと身体を引きずる様からは上手く想像できず、穂村は首を傾げた。
生態を解明できれば多少は戦闘に有利になるだろうと穂村は近付いて、キシャーっと飛びかかった肉塊に食いつかれた。
「なるほど。人間の外と中を引っ繰り返したようなものですか。臓物に包まれた内部に口も目もあって、自ら肉を割くようにして食事をすると」
「穂村っ。そういう解析は後にして。まだ戦闘中!」
穂村雫と肉塊の間に盾になるよう出現した村雨ヒバナの苦情に穂村は頷いて、村雨ヒバナの固有能力『双転移』を発動させた。
身体の一部だけを転移させる事で肉塊は瞬く間に18のパーツに分けられて穂村の周囲に散らばった。
「18分割しても、まだ生きている。分割された肉塊同士が触手で結合しようとしてますね。放置をしたら完全再生するとして、分割された肉塊だけでも時間経過で元の状態に戻るのかどうか。戻るのだとしたら下手に肉体を切り飛ばしたら増えるのかもしれない。餌を与えたら肉塊は大きくなるのかも併せてデータが欲しいですね。公安に協力の見返りとして強請ってみましょうか」
「……ねえ。ああいう見た目だけどさ。元は人間なんだよ。分かってる?」
「? エインヘリヤルの成れの果てだとヒバナも知ってるでしょう?」
「もう良い。穂村がこんなだって忘れてた。変にカリスマっぽいから未だに見誤る時があるんだよね……」
溜息を吐いて村雨ヒバナは肉塊を更に分割していく。
最終的に100分割をした事で、ようやく肉塊は活動を停止した。停止をしただけで脈動してる事から、まだ生きているものと思われた。
「物理的な手段で倒すのは難しいですね。試しに1000分割くらいしてみたいですが、そこまでやると肉片を見逃す可能性が出てくる。以津真天。もう食べて良いですよ」
「はぁ。死体を放置された事で化けて出た私らとしちゃ面白くないな」
「人間って怖い」
穂村の許可に少女の上半身に鳥の翼、蛇の下半身を持つ怪鳥、以津真天が何人かでエインヘリヤルだった肉片を残さずに食べていく。
以津真天は戦乱や飢餓で放置をされた死体の怨霊が怪鳥として変異をしたあやかしだ。「いつまで、いつまで」と「いつまで屍を放置するつもりなのだ」と鳴く人面鳥の妖怪である。元々、鳥は人間の死体に群がって餌として食べる生き物だ。野生動物としては当然の習性なのだが、おびただしい量の死体が放置されると処理しきれず病原菌の温床となる事がある。その死体を食べて鳥は病に感染し、その鳥を狩猟して食べる人間に病が感染する結果となる。
以津真天はそういう可能性を減らす為に自然と考案された教訓めいた妖怪なのだ。
その妖怪としての習性が死体を放置する事を許さない。生きている人間に襲い掛かることの少ない、人間と友好を結んだ異常存在の一種でもある。
故に、以津真天は通常の手段では殺害できないエインヘリヤルの死体と魂を処理する為に純人類派閥に飼われる事が多いのであった。
「色々と言いたい事はあるが、協力してくれて助かった。オカゲで何人かの民間人を救助できた」
穂村に協力を要請した公安警察の渡辺が穂村へと礼を言った。
純人類過激派の中でも特に質の悪いグループに対する一斉検挙。その一大作戦の最中、純人類過激派が最後の抵抗とばかりに繰り出してきたのが、このエインヘリヤルの成れの果てである肉塊であった。おそらくは誘拐されたエインヘリヤルの一人を遊び半分に殺害し続け、正気を喪失させたものと思われた。
加害者に復讐する事も出来ずに逆に彼らの生体兵器として扱われる。被害者はさぞ無念だっただろうと渡辺は顔をしかめた。
エインヘリヤル間で使用可能なテレパシーはアリス姫を経由してじゃないと他者へ繋がらず、今は利用できない。発見された時には手遅れだった事例も多いのだった。
「おい! アンタ穂村雫だろう! 何でだ。何で純人類派の指導者であるアンタが新人類派の警察に協力してんだ!!」
「大人しくしろ!」
激動の10年で様々な情報が錯綜して混乱と共に流出してしまった中、アリス姫伝説に登場してしまった世界一有名な公安警察官である渡辺を慕って自らも公安警察に所属した森田が過激派グループのボスを取り押さえている。新人刑事としてアリス姫伝説に登場した森田もまた隠れた有名人であった。
異能者であるボスは生半可な人間では敵わないが、森田もまた同じく異能者の一人である。公安警察の誇るトップエージェントの一人にまで成った森田に平凡な異能者では相手にならない。苦し紛れに純人類過激派の大組織、警邏隊を結成した穂村雫に非難の声を上げるのがせいぜいであった。
「意味が分かりません。何故、純人類派閥に所属しているだけで警察組織へ協力をしてはならないのでしょうか」
「止めなさいって穂村。そんな奴の話を聞いても良い事なんかないわよ」
「ですが、客観的に警邏隊がどう見られているのかを判断するには最適な人選かもしれませんし」
ヒバナの制止を振り切りコツコツと穂村はエインヘリヤルの民間人を誘拐していたぶっていたボスへと歩みを進めた。
得体の知れないプレッシャーにボスは言葉を詰まらせるも気のせいだと自らの激情を吐き出した。
「新人類派が何をやって来たか忘れたのか! エインヘリヤルの契約を結ばない純人類派の人間への経済的な締め付け。医療保険の不当な値上がり、人権無視の思想調査、新しい法律による排斥。今回だって新人類過激派の純人類民間人への暴行は見逃す癖に、純人類過激派の新人類への反攻には迅速に対処している。明らかに新人類派に肩入れしまくってんだろうがっ!」
「そういう解釈ですか」
黙ってジッと話を聞いた穂村はもう何もないですか? と淡々とボスに問い返した。
何処か、話に聞いていた英雄然とした逸話を持つ穂村雫とは印象が違うと思いながらもボスは話し続けた。
「警邏隊はっ。不当に迫害される純人類派を助ける為の組織じゃないのか!? 俺らも純人類派の仲間だろうがっ。助けろ、助けろよ! アンタにはその義務がある!」
「コイツ。言いたい放題いいやがって」
苛立った森田が拘束を強めるのを他人事のように見て穂村は淡々ともう一度、もう何もないですか? とボスに聞き返した。
呻いて何も言わないボスを見て、穂村は一つ一つボスの言葉を論破していった。
「まず、経済的な困窮は海外との貿易が不可能になった余波が原因です。特殊治安維持機構ネバーランドが足りない食料品や医薬品を海外から輸入していますが、生存に必要な品目を優先していて経済的な損失を挽回できる程じゃありません。逆鎖国を民衆に悟られないよう日本製品はそうと分からないよう輸出しなければならないので輸出品目も限られ、神秘と関係の無い企業が幾つも倒産しています。医療保険の値上がりも、この余波のせいですね」
二つの指をボスに見えるよう立てた穂村が新たに三つ目の指を立てた。
「人権無視の思想調査は就業の際の無意識な差別へと繋がり経済的な格差問題と化しているので私も是正して欲しいですが、今回のようなテロ組織が出現する以上、仕方ない措置ですね。貴方にも責任がありますよ。新しい法律は幾つか問題の火種と化していますが、これも社会が変革していく過渡期では仕方のない話です。試行錯誤をして互いに妥協を出来るよう努力しなければなりません」
これで四つ穂村は論破した。男の非難は一般的な民衆、純人類派閥の政府に対する不満を代弁していたが、穂村から見ると逆によくこの程度に問題を抑えたなと感心するような話であった。個人的にモロホシと何度か話し合った穂村は彼女が寝る間も惜しんで日本の未来を考え続けていたのを知っている。
至らない所もあるが彼女の努力を否定する気には穂村はなれなかった。
「新人類過激派の民間人への暴力に警察の対応が遅いのは、私達、警邏隊が意図的に邪魔をしているからですね。申し訳ありません」
「ああいや、警邏隊が幾つもの事件を解決しているのは知っている。警察も異能者がそれほど多いわけじゃない。ネバーランドも稲荷の会も警邏隊も良くやっている。感謝するのはこっちの方だ」
穂村に頭を下げられた渡辺はそう言って頭を下げ返した。
確かに異常存在や異能者に対するカウンターとしてそれらの民間組織は上手く機能していたが、同時に純人類派閥と新人類派閥という社会問題を引き起こしたのもそれらの組織であり、穂村は必要以上に言及しなかった渡辺に感謝した。
特に暴徒を意図的に放置している疑いのある新人類過激派と違って、穂村の発足させた純人類過激派の組織である警邏隊が時々問題を起こすのは純粋に穂村が配下を統制できていないだけだ。
他者へ共感する事の出来ない穂村は、組織のエースにはなれてもリーダーにはなれない。人を率いる事が根本的に向いていないのである。
溜息を吐いて歩き去ろうとした穂村は最後に一つ、犯罪グループのボスに言い放った。
「あと、私を貴方の仲間などと二度と言わないで下さい。不愉快です」
穂村の仲間は今も変わらずに眩しい笑顔でテレビに映っている。その事実が、失敗してしまった穂村の唯一の慰めなのだった。




