次世代社会6
「すいません、ネバーランドに入国する前に風土病に掛かっていないか海外由来の異常存在を持ち込んでいないかチェックをさせて貰います。また、日本ではドラッグの類いは治療可能でも禁止されておりますのでネバーランドに持ち込まないようお願いします。ネバーランドを経由した海外への密輸行為も許可されておりません」
「マジかよ。昔は麻薬が薬として処方されていたのを知らない訳?」
「その文化は医学が発展していないが故の苦肉の策だったでしょうが。鎮痛剤の代わりに痛み止めとして処方されていただけなんだから普通に医薬品を利用しろよ」
「おいおい。マジカルパワーで依存症なんて一発で治るだろ? なあ、これがないと眠れねえんだよ」
「プリースト系の魔法詠唱者、来てくれ! もうクスリを決めてやがる。解毒魔法で少しでも正気に戻さないと話が通じない!」
ネバーランドの海外用ポータルゲート入り口。空港の税関と病院の無菌室を合わせたような場所でネバーランドの係員が海外からやって来た裏の人間と揉み合っていた。基本的に異能者ばかりが来訪するはずのネバーランドでもドラッグが原因の事件や揉め事は珍しい事ではないのだ。
確かに回復魔法でドラッグの依存症状を改善する事自体は可能なのだが、異能で治せるという気の緩みが逆にドラッグを摂取する事への抵抗感をなくし重度の依存患者を生み出す事にも繋がっていた。また、依存症状を完全に治療するには高度な魔法知識や高レベル異能者が必須であり、低位階の解毒魔法では治った気になるというプラシーボ効果程度の役にしか立ってはいなかったのだ。
「はい。アンチドーテ」
「お? サンキューな兄ちゃん。気分がスッキリしたわ」
「どうも。それでドラッグを渡す気になりましたか?」
「いや、それはちょっと……」
駆けつけたプリースト系のリンク能力者が解毒魔法を行使し瞬く間に海外の男を正気に戻した。少なくともシンクロ率が100パーセント近くはある高位の術者だ。
本来なら結構な金額を取られるはずの治療を無料で受けたにも関わらず、薬物を渡すのを渋る男に術者、加賀見一郎は眉を顰めた。
「良いんですか。ネバーランドのポータルゲートに辿り着くのにも海外の組織による紹介状が必要不可欠なはずです。結構な腕前の異能者と見ましたが、ネバーランド入国を以後禁止にされてしまえば裏側の人間としての評判すら傷が付く。後で幾らでも買えるドラッグにそこまでの価値があります?」
「オーケー。オーケー、分かったよ。俺の負けだ」
両手を挙げて降参のポーズを取った男はドサドサっとスーツのポケットから数キロの覚醒剤を取り出した。明らかに個人で使用する量ではない。売人だ。
末端価格で数億になる量の覚醒剤を見て加賀見はいっそう顔をしかめた。これだから異能者は質が悪い。手を突っ込めば一杯になってしまうような小さなポケットの中に広大な空間を隠し持っていたりするのだ。気軽にドラッグを差し出した事から本人は小遣い稼ぎの副業に手を出した程度の意識だろうと思われた。
「はぁ。日本じゃ頼むから大人しくしてくれよ。アンタみたいな空間能力者を目の敵にする民間組織だってあるんだ」
「おいおい。自分で言うのも何だが俺は異能者としちゃマトモな方だぜ。堅気が稼業に出来る程度の悪事しかしてない」
「ドラッグは持ってるだけで死刑の国もあるんだぞ」
我慢できなくなったのか男を相手にしていた係員が苦情を言うが男は取り合わなかった。ニヤニヤと本当に今でもそうかな? と係員をからかった。
鎖国状態になっている日本人には海外の情報が10年前から届かなくなっている。まだ新人の係員には真偽が判断できず加賀見を振り返って意見を求めた。
「10年で簡単に変わる程、海外のドラッグアレルギーは浅くない。ドラッグが原因の戦争・紛争が何度起こってると思うんだ」
日本のドラッグに対する禁止措置は海外から輸入して導入した物だ。薬物により苦しめられた歴史は日本よりも海外の方がずっと年季が入っているのだった。
「それとアンタ。空間魔法に入れてる残りのドラッグもさっさと出せよ。数百億近くのドラッグを何食わぬ顔で持ち込もうとしやがって」
加賀見の目が男の背後の空間を見る。通常の景色と重なって、麻袋に入ったドラッグが大量に詰め込まれた倉庫が透けて見えていた。
部分リンクで加賀見は普段から眼球を盗賊職のアバターと重ね合わせている。アイテムボックスの中身を把握するのはPVPやギルド戦が盛んだったブレイブソルジャーでは必須能力なのだ。
「やれやれ。これだから日本人は怖い。どれだけの神秘を浴びれば、そうなるのやら」
苦笑して肩を竦めた男に加賀見は溜息を吐いて応えた。
「世界の危機を招くようなナニカを持ち帰るアンタらに言われたくはないな」
異界からSCPに近い異常存在を持ち帰るような伝説級の怪物が海外組織には偶にいるのだった。




