次世代社会5
新世界ネバーランド。アリス姫の自己領域に形成された特殊治安維持機構ネバーランドの本拠地であり、逆鎖国によって孤立した日本が海外と貿易可能な唯一の窓口である。現神の影響を警戒しているサンジェルマン伯爵によって、配下のフリーメイソン達が何時でもポータルゲートを破壊できるよう待機して見張っているが、それでも日本の神秘溢れる物品を目当てに日々、裏社会の異能者達が集う一種の特異地点と化していた。
ポータルゲートの数は少ない方が管理はし易いが、国家別に神秘体系別に様々な異能組織が世界には存在しており、世界から神秘を奪ったフリーメイソンとは折り合いが悪い事もあり20以上のポータルゲートが海外に繋がっている。設置場所はアリス姫が海外旅行の際に訪れた工事中だった流通都市である。
日本と地続きになった各都市部は異能による結界で認識をずらされていようとむせ返るような神秘に溢れており、都市の裏側に新たな異界を形成し始めていた。
あり得たかもしれない未来、ディストピア世界では絶対に起こりえない状況であったが、これはリデル一人の功績ではない。
ポータルゲートの設置は本来ならばバーチャルキャラクターに過ぎないリデル一人の意思では不可能なのだ。主であるアリス姫の指示があって初めてポータルゲートは設置が出来る。だが、アリス姫が『見ざる聞かざる』の禁則事項に違反しているが故にリデルは主がいなくても通常通りに活動可能だった。その事実を誇張してアリス姫は主がいなくても異能を行使できるようリデルを支援して強化してのけたのだ。
これがアリス姫がネバーランドの構成員。その中でも新人類派に神聖視されている理由の一つであった。
「そう、アリス姫の奮闘がなければ日本は滅びてもおかしくはなかった。その本人が邪神の眷属に苦しめられて今も身体を自由に動かせずにいる。こんな結末が許されて良いのか。純人類派の言う、正常な人間の営みを繋げていく事で生まれた子孫に誇れる事だろうか」
日本の人間、全員をエインヘリヤルとすべきだと妄信する新人類過激派。彼らの本拠地もまたネバーランドにある。
いや、特殊治安維持機構ネバーランドの一部隊を率いるこの演説をしている男こそが新人類過激派を形成した影のボスであった。
ワンダーランドのメンバーでこそないが、アリス姫伝説にハッキリと名前が出てくる歴史上の登場人物。
彼の名は橘冬木。アリス姫にクリスと親しげに呼ばれていた伝説のネットゲーム、ブレイブソルジャーのギルド、アリス姫親衛隊の影のリーダーだった男だ。
「だが、我々に現神をどうにかする事は出来ない。アリス姫を救うにはアリス姫以上の力が必要なのだ。現実的な話ではないだろう。我々に出来るのは、アリス姫が自由を手にしようと動くのを後押しする、ちょっとした手助けに過ぎない」
カツカツと冬木がネバーランドの会議室の一室を歩くのを新人類過激派の構成員は黙って、熱の籠もった目で見つめていた。
この場にいるのはアリス姫に間接的に救われた人間ばかりだ。今でも閲覧できるアリス姫の過去の映像を見て涙を流した人間は多かった。
「エインヘリヤルで地上を埋め尽くして日本を擬似的な黄泉と化し、歩く妖蛆の使命を達成させる事でアリス姫を自由にする。これが僕の考える最も現実的なアリス姫の救済法だ。誰か他に良い案を出せる者はいるか」
「いませんな。もう、何度も話し合って出た結論でさ」
「ああ、それしかない」
会議室の誰もが冬木の提案に頷いた。純人類派閥とは違い、彼らは別に人類のことを考えて活動している訳ではないのだ。
アリス姫の為。いいや、自分の為に彼らは動いていた。
「ハッキリ言おう。僕は弟の為にアリス姫を解放しようと動いている。弟の行方を探る為にアリス姫の手を借りたい。それが叶わなくても弟が死んだ時にアリス姫の周囲にエインヘリヤルとして現れる可能性を残したい。歩く妖蛆という不純物が混じったせいでエインヘリヤルは死亡した遺体の傍で復活するようになった。こんな状況は我慢が出来ない!」
ダンッと机を殴り冬木は歯を食いしばって咆えた。彼の嘆きを馬鹿にするような者はこの場にいない。
他のメンバーにもアリス姫にしか叶えられない願いを抱えている者は多いのだ。
「何処まで行っても僕の行動理由は利己的な物だ。純人類派と違って崇高な理念なんて物は持っちゃいない。場合によっては非人道的な手段にだって訴える。下っ端が勝手に民間人を襲ったのを放置もする。だが」
冬木は会議室に集まったメンバー全員の目を見て宣言した。
「絶対に目的は達成する。日本を完全に黄泉に叩き落とす。それでも付いてくるか!」
『イェッサー!』
新人類過激派。彼らに迷いはなかった。




