次世代社会3
『急いで下さい。新人類派の異能者が純人類派の民間人に暴行を加えてます。警邏隊では全く相手になってません』
「警察には通報してるの!? 警察が新人類派だからって暴徒を見逃したりはしないわよ!?」
『それが警邏隊が対応するから警察に応援を呼ぶ必要はないと釘を刺したらしくって』
「ああ、もう。変な縄張り意識を持っちゃって!」
十年経ち大人の体付きとなった佐藤江利香がテレパシーの誘導に従い事件現場へと走り続けている。
新人類派閥。全人類はエインヘリヤルとなって老いや死を克服すべきだと主張する政治派閥に傾倒する異能者が、純人類派閥。人間は終わりがあるからこそ人生を謳歌できるのだと主張する政治派閥に傾倒する民間人に暴行を加えて無理矢理にエインヘリヤルとなることを強要しているのだ。
その行為は明確に法律で禁じられてはいるものの、新人類派の崇めるアリス姫が日本を黄泉へと堕とす為に行った手段と変わらない為に表立って否定する事も難しい、厄介な事例と化していた。
アリス姫はその突き抜けた力と、独特な精神性、時代の犠牲となったかのような人生から昨今では女神や聖人として日本では扱われている。
真っ正面からアリス姫の事を否定して許されるのは共に伝説を残したワンダーランドの人間達くらいなのだ。
「アリス姫は世界をエインヘリヤルで埋め尽くそうとしていた訳じゃないのにっ」
そうしようと動いたのは現神の方であるが、そういう主張をすると純人類派が新人類派を否定する攻撃材料になってしまうので江利香は曖昧に濁すしかなかった。場合によっては純人類派はエインヘリヤルの隔離や排斥をしようと暴走して、新人類派をリンチするのだ。リンチのターゲットになってしまうのは決まって反抗できる力を持たない弱者であり、死なない分、リンチは過激になりやすい。
そうした積み重ねの末に日本は純人類派と新人類派で真っ二つになってしまった。
『正直、純人類派が武力で新人類派に勝てるわけがないので大人しく巣に引き籠もってろと言いたくはありますね。日本の権力機構の上層部は全部エインヘリヤルなんだし勝負にならないじゃないですか』
「ちょっと伊織ちゃん。テレパシーで過激発言しないで。思念盗聴されたらマズい。元ワンダーランドの人間はあくまで中立! なのに影響力が大きいから些細な発言の揚げ足を取って政治利用されやすいんだから。一度も死んでないって理由でエインヘリヤルの契約を結んでいるにも関わらず私は何時の間にか純人類派の大御所みたいな立場に周りに見られてるんだよ? 秘書の伊織ちゃんが新人類派ですって顔をしたら、また変な騒動に巻き込まれるっ!」
『どっちにしろ巻き込まれるなら新人類派ですって宣言した方がいいと思うんですけどね。だって数十年もしたら純人類派の当事者は死んで誰もいなくなるじゃないですか?』
まだ十代のテレパシストである伊織の言葉に江利香は苦笑しながら頭を振った。
現在の当事者が死んだ程度でこの対立関係が解消されるとは到底、思えなかったからだ。
「多分、次世代になったら更に対立は深まるよ。人数は新人類派の方が多くなると思うけど、その分、純人類派は地下に潜ってより過激になると思う」
『あー確かに。過激思想を患った人間ってどっちの派閥にしろ話が通じませんしね。それ以外に解決策は沢山あるだろって状況でも互いに争おうとするし。エインヘリヤルの人間が死を繰り返したら最終的にどうなるのか判明したら、純人類派はリンチを止めるどころかエインヘリヤルを駆逐しなきゃってなって』
「新人類派は純人類派を殺し尽くして死の危険を無くそうと動いたんだよね。そのせいで記憶処置を施す羽目になって、情報の隠蔽まで手を出さないといけなくなった」
はぁと江利香は溜息を吐いて防音結界の中でしか愚痴を言えない自分の身の上を嘆いた。
ここまで厳重にプロテクトを施しても思念盗聴という人間の思考を盗み見る異能者がいるのだからやってられない。まあ、そこまでレアな異能者ならばエインヘリヤルの最期など既に知り得ているだろうとも江利香は思ったが。
現役女子高生の伊織が総理大臣よりも影響力の高い元ワンダーランドメンバーの江利香の秘書に抜擢されたのも、この思念盗聴と思念防諜を可能な高位テレパシストだったのが理由だ。
高位テレパシストは最悪のパターンだと、邪神の思念を受け取って新たな邪教組織の教祖になってしまうので元から伊織に選択の余地などありはしなかったが、本人は有名人の知り合いになれてラッキーと自分の身の上をそう悲観してはいなかった。
邪神に翻弄された人間の悲惨さは実物のアリス姫を目にした事で骨身に沁みて分かったのでミーハー気分は吹き飛んだが。
『あ、そこの角を曲がったら人外化の異能を持った新人類派のチンピラがいますよ。モデルは鬼。単純に身体能力がクソ高い大男です』
「一番、苦手なタイプだなぁ……」
『藤原史郎みたいですもんね』
「流石に身体を真っ二つにされても平気で動くようなのは滅多にいないと思うけどね」
それでも偶に出現してしまうのが異常存在の蠱毒と化した現代日本なのだった。
江利香は息を吸って呼吸を整えたら、何人もの人間を笑いながらなぎ倒していた鬼の目の前へと踏み込んだ。
「大人しくなさい。特殊治安維持機構ネバーランド所属の佐藤江利香よっ!」




