表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/224

次世代社会2

 オカルトの情報が世間に現実のものとして認識されてから十年。

 当初、日本は急激に現れ始めた異常存在により国土全体が蹂躙される事となった。『囁くもの』による大人災、アリス姫のようなナニカによる現世の黄泉堕とし、海外からの逆鎖国と受難に見舞われていた日本へ泣きっ面に蜂と言わんばかりに魑魅魍魎ちみもうりょうは襲いかかったのだ。

 このまま日本は物理的に滅びるのではないかとさえ危惧された時に、活躍したのがワンダーランドの異能者達と稲荷の会の霊能力者達だ。


 後に様々なドラマや映画の題材として採用される程に彼らは華々しく鮮烈に人々の目へと映った。

 特に命を削るように魂を燃やした前田拓巳と山川陽子のタッグによる『囁くもの』を利用した天然異能者の覚醒は時代を変えるだけのパワーがあった。


「引き換えと言うかのように拓巳君はベッドに寝たきりになってしまったけどな」

「やっぱりそのシーンもちゃんと描写すべきだったんすかね。何を犠牲にしたかも知らずに未だに陽子ちゃんを恨む人間が絶えないなんて」

「無駄だ。拓巳君が入院してる病院を探し出そうとする不審者が現れるオチに終わるぞ。失った傷が癒えるのに十年は短いんだ」


 一連の事件が世間に広く知られたのは元ワンダーランドの絵描きであった大介・華代・孝太郎の三人の功績でもあった。

 あらゆるデマが蔓延し噂が一種の信仰と化して怪異に力を与えていた状況を変えようと、実際にあった出来事をアニメ化したという触れ込みでワンダーランドにまつわる物語をネットに流したのである。

 その結果、自分に向けられた感情をエネルギーとするアイドルマインドを持つ山川陽子は急激な成長を遂げる事になる。

 無差別に人間の心の枷を引き抜く『囁くもの』を魂の覚醒を後押しする加護の一種にまで昇華する事が出来たのは彼らの力添えがなくては不可能であった。


「でも陽子ちゃんは『囁くもの』と一体化して自我すら残らなかったじゃないっすか。私らがアニメなんて作らなきゃ」

「それで良かったんだよ。霊として下手に現世に残ってみろ。アイドルマインドで怨恨を常に味わいながらの生を消滅するまで送る羽目になるとこだった。本人も満足そうに消えていったのを、お前も見ただろ華代」

「だけど。それでも。もうちょっと何か、救いがあっても良かったじゃないっすか」


 これ以上の悲劇は沢山だと首を振る華代を大介と孝太郎は慰める言葉を持たなかった。

 アリス姫が変わって、ワンダーランドが解散して10年。

 楽しく笑えていた遅い青春時代が終わり、三人は重苦しい現実と向き合わねばならなくなった。


 大介は漫画家。華代はデザイナー。孝太郎はアニメ監督。

 それぞれの道で成功を収めても尚、何処か胸にポッカリと穴が空いているようで偶に集まって酒を飲む。そんな傷を舐め合うような日々を過ごしている。


「良いこともありゃ悪いこともあった。俺らの行動を事件をネタにした売名行為だと非難する声だってある。でもな、やっぱり」


 苦い物を呑み込むような顔で大介は酒を飲んで言葉にした。


「アニメを作って良かったんだよ。誰もアイツらの事を知らないなんてさ。寂し過ぎるだろ」


 彼らにとってワンダーランドとは輝かしくも苦い記憶として何時までも脳裏に浮かぶ過去なのであった。




 だが、過去では済まされない人物もまた当然いる。


「拓巳君、お粥が出来たよ。食べられる?」

「ええ。ありがとう透さん」


 解散したワンダーランドとは違い規模の拡大した稲荷の会の最高幹部の一人。南透はふぅーっとレンゲに乗ったお粥の温度を冷まして拓巳の口元へ運んだ。

 それを食べようと拓巳は口を開いて、感知した異常存在に目を細めた。


「青森の佐藤家近くに5メートル級のダイダラボッチが出現したね。二人の親御さんが危ない。ダイダラボッチは交渉次第では人間の味方にもなり得る心優しい妖怪だ。怒らせないよう慎重に対応するよう青森の稲荷の会支部に連絡を」

「大丈夫。佐藤家には霊的守護結界が三重に敷かれています。拓巳君が心配するような事にはなりません」


 スッと透は付き人の黒服に視線をやると心得たように黒服は頷いて電話をかけに病室から出て行った。


「拓巳君は人のことを心配する前に自分の身体のことを労ってください。ほら、アーン」

「あ、ああ。ありがとう」

「アーン」

「あ、あーん」


 ふふっと笑う透の顔を見て、拓巳はベッドから起き上がれない自分の為に多大な時間を浪費させていると申し訳ない気分となった。美しく成長した南透にはその気になれば幾らでも相手がいるだろう。五体満足の。

 そんな馬鹿みたいな事を考えている拓巳を見て透は溜息を吐いて拓巳の眉間に寄ったシワを伸ばした。


「また変な事を考えてますね。拓巳君は何故か自己肯定感が低いんですから。私なんて拓巳君の世話を交代してくれと稲荷の会の女の子に詰め寄られた事だってあるんですよ」


 朴念仁とはまた違う修行僧のような拓巳に透は溜息を吐いた。

 前田家は誰もが何処か浮世離れをしていて、人とは異なる基準で世界を見ている節がある。

 拓巳の叔父であるアリス姫はもとより母親である祥子もまた透に拓巳を任せると、続々と出現し続ける怪異を討伐してくると言って出て行ったきり消息不明だ。


 何度か透のいない時に拓巳に会いに来たらしいが、まるでワープをしたように監視カメラには虚空から出現する祥子が映っていた。

 何らかの異能だろうとは思われるが、祥子の能力はエナジードレインだと今では判明している。誰か別の協力者がいるのか、ピグマリオンや陽子のように何らかの方法で新しく能力を得たのかも判然としない。


 気軽に歴史を揺り動かす一家に透は振り回されていた。勿論、拓巳の傍の席を他人に譲る気はないが。


「拓巳君、私の幸せを考えてくれるのなら自分を大事にしてくださいね」


 サラッと髪を掻き上げる透の笑顔に拓巳は無言で頷くことしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ