藤原史郎の殺人遊戯11
「あーあ。まーた増援っすか。次から次へと湧いて来やがって」
「何、言ってんだ。俺らはともかく現実で暴れたら取り押さえようと警察に包囲されるのは当たり前の話だろ」
「ん? そういや、そうっすね。タイム要素がイベントに反映されるのか。これからは気を付けなきゃな」
「……ちっとも話が通じてないな」
ポン太の異様な様子に、チラッと浩介は仲間の方へ目を向けた。コイツは何なんだと無言で問いかけられた仲間達は揃って会話は無駄だと首を振った。
もはやポン太は周りの人間を同じ生物だとすら見做していない。経験値を落とすモンスターとしか認識しなくなっているのだ。
「超法規的措置だ。その男はもう殺して構わん」
「公安がそこまで言い切る事態になってるんですか」
「今回の一連の事件で死傷者は既に数万単位に膨れ上がっている。その男のせいで大災害並の被害者と、同じ数の加害者が生まれちまった。上もオカルトを秘密裏にだが認めたよ」
まだアリス姫達ですら把握しきっていない今回の一連の事件を、まるで見ていたかのように語るとある男によって警察組織は事件の全貌を何処よりも早く知る事が出来た。裏取りはまだ出来ていないが、オカルト派閥が予言のように情報を出す場合はこれまで間違っていた例がないのだ。胡散臭いとオカルト派閥を毛嫌いする警官も多いが、もしかしてと完全に否定をする気にもなれないような奇妙な存在感があった。
当の本人達は手遅れになるのを待っていたかのように真相を話した青年に怒り心頭であったが。
「気を付けろよ。脳味噌を吹き飛ばしても平気で起き上がるような化物だ」
「なるほど、分かりました。本気で行きます」
佐藤浩介は空中から急に出現した本物の刀剣を握ると覚悟を決めるように呼吸を整えた。妹がバーチャル力を消費して新たに用立ててくれた実用品である。
今は朝に包帯男に半ば敗れてから丸一日も経ってない明け方あたり。夜通し囁き声に影響を受けた被害者を鎮圧したくらいでは、敗北した記憶は薄れてはいない。
殺してしまわないようにと剣の峰で意識を刈り取ろうとして一方的にやられた記憶が脳裏に過ぎる。妹を殺すと宣言されたにも関わらず制圧できると己を過信してなめてかかった苦い記憶だ。穂村雫にボディーガードを頼んでいなければ復活する事も出来ずに妹は終了させられていたんじゃないかと想像して寒気が今でも抑えられない。
負けては決していけない場面はこれからもきっと来る。もう、浩介に殺人を躊躇するだけの余裕はなかった。
「悪いな」
「え、何? まさかもう勝ったつもりでいるわけ? 俺は自分で言うのもなんだけど強いっすよ?」
「いや、そういう事じゃない。俺は」
佐藤浩介はポン太に謝って消えた。
「まともに戦えなくて悪いなと言ったんだ」
「は?」
消えた浩介はポン太から数メートルは離れた位置に出現して。
一拍遅れてから移動した事による衝撃波が発生した。
移動途中にいたポン太は上半身と下半身が千切れ飛んで空中に吹き飛ばされていた。
自分の足裏を目にしたポン太は遅れて事態を理解して、もう一度、声を上げた。
「は? 何だ、このクソゲー」
戦力バランスを考えろよ。そんな思考を浮かべてポン太は地面に叩き付けられた。
「え、つっよ。何これ。お兄ちゃんってこんなに強かったの?」
一瞬で終わった戦闘を見てポカーンと江利香は口を開けた。
あれほどの絶望を味わわせてきたポン太がまるで雑魚のように片付けられた。その事実に理解が追いつかない。
「オカシイですね。朝方はここまで非常識な強さではなかったはずなのですが……」
「そうだよね? 私でもお兄ちゃんの動き見えてたもん」
それでも残像が見える早さだったけど。そう口にして江利香は首を傾げた。
同じく疑問を抱いた穂村だったが浩介の姿を見て納得したように頷いた。
「副作用ありの奥の手ですか。江利香さん浩介さんの治療を」
「え? うっわ、お兄ちゃん!?」
一撃でポン太を始末したはずの浩介が血反吐を吐いてうずくまっているのを見て、慌てて江利香は浩介に駆け寄った。
穂村の想像通り、これは佐藤浩介の奥の手である。
リンク能力を常時使用している事。最初にアリス姫が原因ではなくブレイブソルジャーを遊んでいたからこそリンク能力を手に入れたと誤解していた事。
この二点が影響して浩介は全リンク能力者で最強の強さを誇っていた。未だに浩介が発見した部分リンクをタラコ唇とクリス以外は習得できていない事からも他者との習熟度の差が窺える。
だが、最近の浩介はシンクロ率で他のメンバーに追い抜かされそうで密かに焦っていた。Vtuber活動や諸々の用事を熟さなければならない浩介は全ての時間をブレイダーとして活動する廃プレイヤー仲間にシンクロ率では勝てなくなって来ていたのだ。それに他のメンバーも最終的にはシンクロ率は100パーセントに到達する。その時に何か他人と違う自分だけの持ち味がないかと浩介は遊び半分に試行錯誤していた。
そんな浩介が奥の手として開発したリンク。それをダブルリンクという。
部分リンクという一つの身体に複数のアバターを繋ぎ合わせる変身は既に出来ている。レッドの身体にアカリの声帯を持つキャラクター。Vtuber時の浩介はそのスタイルがデフォだ。
では、部分リンクの変身を別の部位ではなく同じ部位にやったらどうなるのか。
そう気楽に試した浩介は弾け飛んだ指に泣きながら後悔した。アリス姫に泣きついて治療して貰って事なきを得たが危うかった。リンク状態ではないと判断されたのかHP回復では指は再生しなかったのだ。
この事態は笑い話と警告を兼ねて全リンク能力者に通達されたのだが、浩介はその後も慎重に試し試しではあるがダブルリンクの訓練を続けた。指が弾け飛ぶ前、手を置いていた机が指の形に凹んでいくのをハッキリと知覚していたからだ。
浩介のレッドアバターはシンクロ率87パーセント。アカリアバターは24パーセント。併せて100パーセントを超えるシンクロ率だが、ダブルリンクを発動した場合、足し算ではなく掛け算で出力は跳ね上がる。肉体が弾け飛ぶ危険性も併せて。
浩介はこれ以上のシンクロ率の向上を意図的に止めて、ずっとこのダブルリンクの訓練をしていた。何処まで強くなれるのかという興味と、いざという時の保険として。訓練の成果は着実に出ていて今は急激なHP消耗と引き換えに一瞬だけなら全身のダブルリンクも可能となっている。
包帯男戦では奥の手として大事に取っておいたら、使用できるようなHPじゃなくなってしまったが。
今回はその反省を生かして開幕ぶっぱで戦闘を一瞬で終わらせたのだった。
「貴方」「ノ」「おかげ」「DE」「助かる」「ました」
「ゲホッ。あーピグマリオンさんか? バーチャルキャラクターを使役できるようになったんだな」
「ちょっと違うけど、似たようなものね。でも、本当にありがとう。正直、危なかったの」
「間に合って良かったよ」
江利香の治療を受けて浩介も健康体に戻った。これで重傷者は全員、加藤も含めて完治した。遠巻きに様子を窺っていた他のワンダーランドのメンバーも元気そうに喜びの声を上げている。
終わった。ホッとして誰もが気を弛めて笑顔を浮かべていた。
そんな中、穂村が険しい顔で口を開こうとして、先に肺の傷が塞がった白岩姫が叫んだ。
「何をしている! 今すぐ、追いかけろ!!」
「え? だってもう……」
江利香が土煙が晴れて露わになった真っ二つのポン太の身体を見て、既に死んでると返事をしようとして、凍り付いた。
死体は確かにある。だが、奇妙な違和感に目が離せない。そう確かに死体はある。下半身だけの。
上半身は何処だ?
「嘘、でしょ。まさか、上半身だけで逃げたの?」
人間ではあり得ない事態に心の底から江利香はゾッとした。もう藤原史郎を人間だとは思わない方が良いのかもしれなかった。
薄ら寒い戦慄に固まって動かない人間達にもう一度、白岩姫は叫んだ。
「追いかけろ! 世界を滅ぼされる前に!」




