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藤原史郎の殺人遊戯8

 エリンへリヤルは本質的には浮遊霊と変わらない。死後の魂をアリス姫の異能で物質化した霊体に過ぎない。

 魂を欠損するような特殊な手段を持たなければエリンへリヤルを本当に殺害することは出来ないのだ。


 だが、それはエインヘリヤルは殺害されても大丈夫だという話にはならない。

 足を失った障害者が既にないはずの足の痛みを訴える症状をファントムペイン、幻肢痛という。肉体ではなく精神が、魂がかつての身体の痛みを訴えるのだ。

 リバースリンクで痛みもなく死んだエリンへリヤルはともかく、悲惨な死を経験したエインヘリヤルは後々まで響く傷跡が残ってしまうだろう。


 故にエリンへリヤルだから死んでも大丈夫だという暴論は、治るのだから骨折したくらいで泣くなと言い放つのと同じ事だ。


「へぇ。エインヘリヤルは死んでも復活するんすか。じゃあ何で必死に江利香ちゃんを庇ってんの? どうせ復活するんでしょ?」


 そういう暴論を当然のことのように言い放つのがポン太であった。

 治るのだから何度、骨折しても大丈夫。そういう理論を自分自身で実践しているポン太には何が問題なのかがそもそも理解できない。

 人として生物として根本的に何かがズレているのだ。


「江利香さんは私や貴方のような破綻した人間じゃありません。人の痛みにちゃんと寄り添える人間なんです」


 同じく死んだ程度では戦闘不能に陥ることのなかった穂村が周辺に散らばる瓦礫を武器にポン太と対峙していた。

 穂村自身も精神的な傷で立ち直れなくなる人間の事を理解できている訳ではない。理解できている訳ではないが、穂村は知っていた。人間がどれ程か弱くて傷付きやすい生き物なのかを。幼馴染みが教えてくれたのだ。


「無駄」「あの」「男」「ヲ」「さとす」「等」「無意味」


 ピグマリオンが話すだけ無駄だと穂村へ首を振った。

 単に人との価値観がズレているだけならば相互理解の可能性はある。お互いに少しずつ譲り合って友人になることも可能だろう。だが、ポン太は明らかに楽しんでいた。最初から言葉というものを攻撃の手段としてしか利用していない。

 ポン太と言葉を交わすのは不快な気持ちになるだけなのだとピグマリオンは見抜いていた。


「そうですね」

「ハハッ」


 ポン太も穂村もピグマリオンの言葉を否定しなかった。

 お互いに無駄だと分かりきっていた問答を終え、戦闘へと意識を集中させた。




 穂村雫の転移能力ではポン太へ決定的なダメージは与えられない。せいぜい感覚器官を潰して隙を作り出すのが限界である。

 それがポン太にも分かっているから、彼が穂村を狙うことはなかった。ポン太のターゲットは依然として江利香のままである。


 穂村を再び殺害した所でまた蘇るだけで大して戦況に影響はないのだ。それよりも何をしてくるか分からない異能を持つ佐藤江利香をこそ警戒すべきであった。真空の罠、重傷者の治癒、人間の人外への改造。佐藤江利香こそがポン太の知る中で最も脅威なチート能力者であった。


 実際にスロットの余裕さえあれば佐藤江利香はポン太を封殺できる可能性があった。白岩姫を写真に変化させたように人間を無機物に変えることも『変身願望』は可能なのだ。複数のスロットさえ消費すれば。

 それでいて、一度でも殺害すれば江利香は恐怖で立ち向かえなくなるだろうとポン太は予測していた。これ程、ターゲットにされやすい相手もいないだろう。


 自然と戦闘は江利香を中心に動き、江利香を庇うピグマリオンがポン太と全面対決する形となった。

 ピグマリオンのVtuberとしての登録者数は10万2千人。バーチャルキャラクターの身体でこそあるが身体能力はポン太に到底、及ばない。人形の身体であるという設定のオカゲで普通のバーチャルキャラクターよりも頑丈でこそあるが、それだけである。本来ならポン太と真っ正面から打ち合えるはずがなかった。


 だが、彼はバーチャルキャラクターである前にダンスのギフト保有者だ。


【『右』『中』『拳』】【『左』『上』『肘』】


 視界に現れるメッセージに従いピグマリオンは右脇腹を狙って来たポン太の拳を右肘で迎撃し、首を狙った肘打ちを腰を落として躱した。

 動作が早すぎて攻撃モーションすら認識できない中、ピグマリオンは事前に分かっていたかのようにポン太の攻撃を捌き続ける。


【『左右』『下』『足』】


 足を掬うようにして放たれたポン太の回し蹴りを飛んで躱した後、ピグマリオンはリズムに乗るようにトントンと足で地面を叩いた。

 その様子はまるでタップダンスをしているような流麗な動作であった。


「っかしーな。何で当たんないわけ?」


 イライラしたポン太が愚痴をこぼして拳を振るうもピグマリオンに受け流される。力もスピードもポン太の方が圧倒しているにも関わらず、まるで通じていなかった。




 武道には型稽古と呼ばれる物がある。最も基本的な攻撃動作を繰り返し行う事で身体に動きを刷り込み、戦闘時に無意識で攻撃を繰り出す為に行われている訓練だ。

 この訓練時、気合いを込めて攻撃する為に、また攻撃のタイミングを知らせて防ぎやすくする為に声を張り上げて「1,2」とリズムよく大声を出す。


 そうリズム。人は殴ったり蹴ったりする際に無意識にリズムを取っている。左右の拳で殴る時は、左拳を出したら無意識に身体に引き戻してから右拳を出す。両拳を一緒に繰り出すような人間はあまりいないし、そういう奇抜な動作をすると返って隙になってしまう。何故、隙になってしまうのかというと自らのリズムを崩すからだ。


 攻撃動作だけではなく歩行のような日常動作でも人は無意識にリズムを取っている。右足を出したら左足を出してと交互に一定のスピードで足を踏み出すのだ。

 この人間に染みついた習慣は心臓の鼓動が由来だ。母親の胎内にいた時に響く心臓の鼓動を聞いて無意識に誰もが真似をして生きているのだ。


 人間全員が持つ独自のリズム。ダンスのギフトを持つピグマリオンは他者が無意識に刻むリズムを正確に読み取ることが出来た。これは社交ダンスをする者等は実は誰にでも出来ることで、パートナーのリズムをお互いに読み取って息を合わせているのだ。

 だが、ダンスのギフトを持つピグマリオンはその精度が他者と比べ物にならなかった。ダンスの訓練を重ねる度にその精度は高まり、今では初対面の人間が刻むリズムすら読み取れるようになっていたのだ。


 勿論、リズムを読み取れたからといって何をしてくるかが分かるわけではない。右拳のストレートで攻撃してくるかもしれないし、右拳のフック所か右足の膝蹴りかもしれないのだ。戦闘に利用するには情報が足りない。

 そのピグマリオンの不足部分をバーチャルキャラクターとなって習得した固有能力が補った。


 固有能力『ダンスゲーム』


 戦闘時に相手が繰り出してくる攻撃の方向と利用武器がメッセージとなって事前にピグマリオンの前に表示される異能。

 固有能力としては外れの部類だ。穂村の予知能力の下位互換に過ぎない使いづらい能力である。


 だが、攻撃タイミングを完璧に読み取れるピグマリオンが持つのならば。

 例え相手の攻撃が全く目に捉えられないスピードであろうとも対処可能になるのだ。


「聞こえる」「ゾ」「貴様」「の」「リズム」「が」

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