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藤原史郎の殺人遊戯7

 ポン太が生きている姿を遠目に見た時、真っ先に反応したのは当然ながら佐藤江利香のバーチャルキャラクターである赤衣エリカだった。

 それでは止められないと薄々分かっていながらも『空気』を『真空』に変化させた即席罠を仕掛けようと動き出して、その腕を江利香と同じワンダーランド所属のVtuberであるピグマリオンに捕まれたのである。


「ちょっと邪魔。今は構ってられるような暇なんて」

「い、今だから必要なんです!」


 常日頃のオドオドと話し掛けてくるピグマリオンらしくないハッキリした物言いに赤衣エリカは彼に向き直り、常軌を逸した提案に言葉を失った。


「お、俺を、バーチャルキャラクターに変化させて下さい!」

「な!?」


 自らを人でなく人間の被造物に貶めてくれと頼んできた男に赤衣エリカは言葉を失った。

 彼女自身は自分がバーチャルキャラクターである事を儚んだ事などない。例え主人の命令に逆らえない実質的な奴隷身分であろうとも、そこには自由意志があり、主との絆があったからだ。だが、そういう存在として生まれついたという自覚自体はある。


 バーチャルキャラクターは主無しに存在など出来ない。亡霊のように主の死後も彷徨ってしまう可能性はあるが、本当にそういう待遇に堕ちた時、人間の亡霊と同じ地獄がバーチャルキャラクターには待っている。圧倒的な孤独に自ら目を抉るような苦痛を人間の亡霊が味わいながら消えていくように、バーチャルキャラクターもヤスリで削られるような苦痛を味わいながらジワジワと消滅していくのだ。


「本気で言ってるの。『変身願望』のスロットは後一つ。アナタ、人間に戻れないわよ」


 赤衣エリカの固有能力『変身願望』には一つ、大きな欠点があった。佐藤江利香には長所として話した変身時間の制限はないという事実は裏を返せば何時までも変身は解けないという短所でもある。そして変身後はエリカにすら元に戻す事は出来なくなる。ピグマリオンをバーチャルキャラクターに変身させるのならば、バーチャルキャラクターを人間に戻すスロットも併せて保持しておかなければ取り返しの付かない事態になるのだ。


「それでも、今、必要なんです」


 ピグマリオンは迷いのない目でハッキリと頷いたのであった。




「ピグマリオンさん……」


 佐藤江利香はピグマリオンに対する申し訳なさで胸が一杯になった。固有能力『変身願望』のスロット決定はバーチャル能力者の主に決定権がある。

 バーチャルキャラクターの赤衣エリカではなく、人間の佐藤江利香こそがピグマリオンを地獄に堕とした。そう江利香は思ったのだ。


「大」「ジョブ」「death」


 笑っているように見える顔で人形は江利香へ応えた。




「ハハッ。マジか、遂に人間やめちゃった奴が出て来たんすか。リアルモンスターじゃん!」

「貴様」「GA」「言うか」


 真空の罠に引っかからないよう絶えず移動を続けるポン太が笑いながらピグマリオンを貶める。それにピグマリオンは心外だと内心で眉をひそめた。頭のおかしい殺人鬼にモンスター呼ばわりされる筋合いはない。

 それに建物の崩壊に巻き込まれて全身の骨という骨を粉砕されて内臓を口から吐き出しても尚、数分でケロッとしているポン太の方が余程モンスター染みていた。サイコホラーの映画に登場する不死身の殺人鬼だ。人間みたいな背景を持っているだけの人型の怪物である。


 言外にお前こそモンスターだろうと言われたポン太は笑顔を抑えきれなかった。もうポン太を縛り付けていた退屈な日常は何処にもないのだ。清々しい自由で新しい世界がポン太を歓迎している。そう思ったのだった。


「気持ち悪い」


 ポン太の笑顔を直視してしまった江利香はそう吐き捨てた。人の悪意を煮詰めたような笑顔であった。

 ここまで人間は人間を楽しんでいたぶれるのかと愕然とした江利香は無性に穂村に会いたくなった。あの度を超えた善意の持ち主に。


 穂村もまた人の傷に鈍感な異常者だ。場合によっては殺人犯として警察に追われるだろう人種だ。

 だけど、それでも江利香の友達なのだ。心細くなった時に友達の名を呼ぶことを誰が責められるだろうか。


「雫ちゃん」


 ポツリと泣くように口にされた江利香の言葉が。


「はい」


 穂村雫の意識を呼び覚ました。

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