藤原史郎の殺人遊戯6
「終わったの?」
崩壊していくワンダーランドマンションを見て佐藤江利香は呟いた。
それにバーチャルキャラクターである赤衣エリカが淡々と答えた。
「ええ。穂村の予測通り真空下での窒息だけじゃ無理だったわね」
「そうなんだ。お兄ちゃん、もう平気だって」
【そうか。念の為に急行してるが穂村さんのテレパシー通りになったな】
江利香はエリンへリヤル間のテレパシーと兄からの通話を通して密かに穂村雫の指揮下に入っていた。
藤原史郎との戦闘中に起こった全て、マンションの崩壊も真空の設置罠も穂村の死さえも、全てが穂村雫の予想通りの結末に収まったのであった。
恐るべき正確な未来予測。希望的観測を廃した徹底した俯瞰視点。
バーチャルキャラクターの固有能力は主の素質から決定される。予知能力を持った茜ヨモギを自己の側面とした穂村雫は元から予知能力者としての素質があったのだ。
「よくもまあ、ここまで徹底した戦略が練れるわね。アリス姫は本当にどうやって穂村に勝ったのかしら」
「あはは……」
敵じゃなくて良かったと赤衣エリカが寒気に身体を震わせたのを佐藤江利香は苦笑いで見た。
確かに穂村雫はまるでアニメから出て来たかのような非常識な存在だ。チート能力の大本であるアリス姫とはまた違った意味で非現実的な存在感があった。
佐藤江利香はアニメヒーローの友人になったような奇妙な高揚感と、自己の死さえも簡単に許容する友人の在り方への哀しみで揺れていた。
フィクションではないのだ。復活するから死んでも良いなんて理論を現実で持ち出してはいけない。
「雫ちゃん」
その在り方のまま突き進んでしまったら何か取り返しの付かない事態になってしまいそうな恐怖を感じて物憂げに江利香は穂村のいたワンダーランドマンションを見た。返事をするかのようにガラッと瓦礫が崩れて下から誰かが這い出ようとしていた。
穂村が復活したのだと泣きそうな笑顔を浮かべて駆けつけようとした江利香はその人影を見て表情が凍り付いた。
「あー、死ぬかと思った」
這い出てきたのは全身がズタボロになった藤原史郎であった。
逆側を向いた足によろけて、瓦礫に手をついたと思ったら自然と足の骨と腱が再生して正しい方向へと足が自動修復されていく。瓦礫に抉られた肩の肉が瞬く間に盛り上がって再生した皮膚で覆われていく。欠損した耳が逆再生するように形作られていく。
藤原史郎の覚醒した異能は肉体特化のチートというべき物であり、リンク能力者以上の身体能力とエナジードレインのチート保有者以上の再生能力を併せ持っている。彼を打倒するには一定以上の火力が必要不可欠なのだ。
故に穂村の死を賭した作戦は、ただの時間稼ぎにしかならなかった。
「お兄ちゃん。早く来て」
震える声で江利香は兄に助けを求めた。
「都合良く助けが間に合う訳ないっしょ」
江利香の震える声を聞いたポン太は深呼吸を一つすると、息を止めて江利香に向けて駆け出した。
空気を真空に変える異能は呼吸を止めてしまえば途端に無力になる。これ以上、何らかの小細工をされる前にバーチャル能力者を始末してしまおうとポン太は判断したのであった。
(ゲームは程々にってね)
踏み込んだ地面が陥没する程の勢いで飛び出したポン太は常人では目で捉えられないスピードで江利香の目の前に現れると拳を振りかぶった。
狙いは頭部。重傷者でも回復させる異能を保有する江利香を完全に即死させるつもりでポン太は攻撃した。
この場にリンク能力者はいない。江利香のバーチャルキャラクターではポン太の身体能力には到底、敵わない。
だからその拳を止められる者はいない。
そのはずであった。
「え、アンタ誰?」
ポン太の腕を逸らすように腕を差し込んだ人物が江利香の目の前にいた。
異形の見た目に思わず発したポン太の問いに無機物の目を向けてソレは言葉を発した。
「私」「の」「名前」「ハ」
ソレの話す単語、一つ一つが別の人間の声帯を利用しているかのような異様な発声でソレは名乗った。
「ピグマリオン」
シルクハットを押さえて人形は告げる。
無機物のはずなのに明らかに怒っていると分かる声で。
「貴様」「GA」「覚える」「必要」「ハ」「ない」
人形はポン太に宣戦布告をした。




