藤原史郎の殺人遊戯2
ワンダーランドマンションには当時、ひめのや関係者のみならず近隣の住民が大勢避難してきていた。
ポン太以外にも『囁くもの』へ影響された被害者は多く、何が切っ掛けで暴走するか分からない緊張状態の中、素手で暴徒を次々と鎮圧していく佐藤浩介は近隣住民の希望となっていたのだ。
また、ワンダーランドには非常時にこそ輝くタイプの女もおり。
「バリケード構築の協力、炊き出しの手伝い、ネットでの情報収集活動とやることは沢山あります。今は緊急事態です。万一の為にお互いに距離を取りながら助力をお願いします」
穂村雫の声に自然と人々は従って一丸となって動いていた。災害慣れした日本人らしい団体行動である。
だが、今回に限っては天災ではなく人災ということもあり誰もが追い詰められたような息を押し殺すような緊迫感があった。
そんな空気の中でピリピリした初対面の人間が大勢集まれば多少はトラブルも起こるのだが、穂村がジッと見つめていると何故か有耶無耶になって誰もが大人しくなった。
カリスマとはまた違う、穂村独自の強者としての雰囲気が圧迫感となって人々を統制していたのだ。
佐藤江利香は穂村がいつ避難民を殴り飛ばすかハラハラして様子を窺っていた。友達ではあるが、いや友達だからこそ、穂村に自重という言葉はないのだとよく分かっている。
「ど、ど、どうぞ。お茶です……」
「あっはい。ありがとうございます」
ビクビクと飲み物を配るピグマリオンに怪訝な顔をしながらも避難民の男性は家族へ人数分のペットボトルを持って行った。
女性に悲鳴を上げられてからは男性を介して支援活動をしていたピグマリオンはホッとして雑用に戻った。万一の場合を考えてモロホシは裏方に専念してもらったので、表方の人間が足りず比較的にコミュニケーションが出来るタイプのコミュ障であるピグマリオンまで引っ張り出されているのだ。
緊急事態ではあったが、ワンダーランドは概ね平和が保たれていた。
だが、脅威は外にではなく内部にこそ潜んでいた。
「ちゃーっす。俺にも飲み物くんない?」
「は、はい。ポン太、さん?」
掛けられた声に振り向いたピグマリオンは驚愕した。血で真っ赤に染まった服を着たポン太が笑顔で立っていたからだ。
ポン太の右手には包丁が握られていてポタポタと鮮血が滴り落ちている。あぜんとしたピグマリオンは硬直して何も行動に移せなかった。
「俺はジュースが良いかな。炭酸入りの奴」
「あ、そ、そうですか。どうぞ……」
思考が停止したピグマリオンは急かされるまま飲み物の入った紙袋を覗き込んでコーラをポン太に手渡そうとして、眼前に迫った包丁に目を見開いた。
ポン太は最初から飲み物を要求していたのではなく、ピグマリオンの注意を逸らして確実に殺害できるよう隙を作り出そうとしていたのだ。ピグマリオンの所持するチートがダンスのギフトという戦闘力のないチートだという情報がない故の慎重策である。
手からコーラの缶が滑り落ちて、自分がまだ生きている事にやっと気付いたピグマリオンは足から力が抜けてへなへなと床に座り込んだ。
「この血生臭いにおい。塗料じゃなく本物の血ですね。誰か殺しましたか?」
ハンカチで包丁を間接的に掴み、指紋が付かないよう慎重にテーブルに置いた穂村はポン太を問いただした。
転移で武装を奪われたポン太はそれでも大して動揺せずに穂村へ答えた。
「それは俺の血。でも人は殺したっすね」
たとえば。そうポン太はカラッと笑って穂村に伝えた。
「アイドルの陽子さんとか」
「なるほど」
「とっくにもう死んでるっすから無駄に頑張って探さなくても良いっすよ?」
親切そうにすら聞こえる声音で告げてくるポン太を見て、穂村はある意味、自分の同類なのだと理解した。
日本全国に蔓延している急造の異常者ではなく、生粋の生まれながらの異常者。穂村とポン太の違いは一つ、動機くらいだ。
善意しかない穂村と、無関心と悪意で構成されたポン太。或いは異常さで言えば穂村の方が上なのかもしれなかった。
だが、同類だからといって好印象を抱くとは限らない。
自分達が懸命に探していた知り合いは事故でも自殺でもなく、ポン太に殺害されて死んだのだと把握した穂村は確認するように頷いて、一言ポツリと呟いた。
「手足の一本くらいは削ぎ落としましょうか」
「ハハハハッ。こんなクレイジーな女、初めて見た!」
歓喜の笑い声を上げて穂村を見たポン太を、穂村は醒めた目で眺めた。
「私も、こんなに愚かな人間を初めて見ました」
あらゆる感情の消えた無機質な声で穂村は吐き捨てた。




