藤原史郎の殺人遊戯1
「んー。つまりチート能力つーのは本来は魂の力を覚醒させた人間なら誰でも使えるもんで、それを成長するに連れて刷り込まれた常識が阻害するって事でいいんすかね」
藤原史郎、通称ポンコツのポン太はこれまでの調査で判明した事項を書き綴ったメモを見ながらチート能力の仕様を確認していた。
パソコン画面にはアリス姫の纏めサイトが表示されており、そこには細々としたリンク能力者の情報が書き込まれている。
チート転生者の成り切りやロールプレイの一種に過ぎないと思われてオモチャにされているので虚偽の情報も多いが、実際にポン太が自ら調査した情報と照らし合わせると正しいと思われる情報も幾らか見受けられた。
「アリス姫は奴隷契約と引き換えに魂を強制的に覚醒させているに過ぎないから自力でチート能力を手に入れることも不可能じゃない。そういう理屈かぁ」
ブレイブソルジャーの雑談掲示板に書き込まれたチート転生者ロールプレイヤーの言葉になるほどとポン太は頷いた。
その書き込みはアリス姫のギルドに入らなくてもチート能力は手に入るぞというギルド外でロールプレイをする為にでっち上げられた設定に過ぎなかったのだが、既存の情報と矛盾しない書き込みだったが故に妙な信憑性が生まれてしまっていた。
ポン太はアリス姫の手助けがなくてもチート能力は手に入るという正しい情報と、自力でチート能力を手に入れた者が既にいるという誤った情報を入手したのであった。
それはポン太の自分だけの現実に大きな影響をもたらす。
「一番、情報が出揃ったチートはリンク能力っすか。問題はどうやって習得するかだけど、ゲームアバターとの同期ねぇ……」
画面をスクロールしていったポン太はとある書き込みを発見して指を止めた。
「アバターが傷を負うと現実の身体も負傷するか。つまり」
ポン太の顔が歪な笑みに縁取られていく。
「ゲームで負傷する度に現実の肉体を傷つければ再現できるっすね」
狂人特有の飛躍した理論がポン太を突き動かした。
ワンダーランドマンションの自室に設置されたキッチンの包丁を掴み取るとポン太はブレイブソルジャーのオンラインゲームを起動させる。
彼が常軌を逸した殺人鬼であるのは疑いようもない事実であるが、今の彼は明らかに異常であった。
常に浮かべている軽薄な笑みも消えて熱に浮かされたようにパソコン画面を凝視する様は彼らしくない。痛そうだから、やっぱやーめたと包丁を放り投げるような性格の持ち主がポン太である。
それにも関わらず、彼が計画を実行した理由は一つだ。
(何で貴方はチート能力を持ってないの?)
背後で囁く何者かがいたからである。
だが、今回ばかりはそれは自らを殺した殺人鬼に対する正当な復讐であった。
このままポン太が自らの命を絶ったとしても自業自得だと誰も気にしなかっただろう。
そう、ポン太の目論みが成功さえしなければ。
「ハハハッ。おいおい、腹の傷は何処だ? 内臓がこぼれ落ちるレベルで包丁を刺したよな? これがHPの自然回復って奴か!」
全身を血塗れにしながらポン太は笑った。変身したアバターではなく生身の外傷の治癒。それは本物のリンク能力者であろうと不可能な現象であった。
ポン太の自分だけの現実が世界の理を歪め、ポン太にとって都合の良い法則で自己の周囲を塗りつぶしたのである。
アリス姫と同等の領域の存在へと移行しようとしていた山川陽子。皮肉にも彼女の影響下にあったが為にポン太はワンダーランドの人間と同等のチートを手に入れる事が可能であったのだ。
こうして日本全土を巻き込んだ悲劇と呪いの連鎖は一人の怪物を生み出す結果となった。
後の日本史で、ディストピア社会の原因だと名指しで非難された男の再誕の奇跡である。




