七十五話 国防組織
フリーメイソンの最高幹部であるブルーブラッド、サンジェルマン伯爵と会合した後、俺達はバーチャルトラベルを発動してワンダーランドのマンションにトンボ返りした。理由はSCP財団つー異世界人が江利香の自己領域に現れたからだ。幸い穂村の機転で無事に済んだが、一時は世界の危機にまで発展したんだから笑えない。
些細な事から世界を崩壊させそうなSCPはある意味クトゥルフ神話の邪神より質が悪い。まあ、特別収容プロトコルだったか。人間の手で何とか出来そうな割に邪神にすら効果がありそうなSCPは俺達にとっちゃ希望にもなり得るんだがな。
それでホッとしたのもつかの間、今度は鈴原がスパイだと告白するわ実はユカリが陽子のアイドル活動を妨害していたと白状するわ、クリスから救助要請が来るわと事態が次々にめまぐるしく変化して行った。ちなみに翔太を浚った下手人が八咫烏だって分かってんのは拓巳が相対したからだ。姉から聞いた。
実は元々は拓巳がマヤちゃんという行方不明の女の子を捜索していて、クリスと翔太が手伝う形だったらしい。
拓巳は霊障で衰弱したらしく今は熱を出して寝込んでいる。陽子の捜索も手伝って欲しかったが無理は言えない。魂魄的な疲労らしく精気を分け与えたが回復しなかったと姉に言われたからな。これ以上の無理をさせると本当にマズいみたいだ。
それで俺達のチートじゃ捜査の足しにはならんと、組織の力を借りようと鈴原に仲介してもらって公安警察の渡辺って上司に会わせてもらったんだが、ユカリと見つめ合ってフリーズしてるな。
流石にフリーメイソンの日本支部幹部を引き連れてくるなんて思わなかったんだろう。鈴原が裏切り者として切り捨てられる前に異能を披露しなきゃならない。
「あー、渡辺さん? 見せたいもんがあるんだが、いいか?」
「ああ……。すまんな、ちょっと目眩がしただけだ」
目頭を押さえて頭を振った渡辺はしっかりした目でこちらを見返した。
俺がワンダーランドのリーダーだってのは公安も既に調べ上げているようで大人バージョンの俺がこの場にいることに疑問を感じていないな。
つまりタラコ唇さんの家に居た身元不明の少女は行方不明者として処理したって事だ。異能を披露するついでに誤解も解いとくか。
幸い、面会場所は秘密の会合によく利用される高級レストラン。余計な視線はカットされている。
「これは手品なんてチャチなもんじゃないぜ」
ググッと身長が縮んでいく俺を渡辺は目を見開いて凝視した。面白いくらいに驚いてくれるな。江利香の気持ちがちょっと分かる。
14歳バージョンの少女の姿に変異した俺の姿に心当たりがあったのか、ハッとして渡辺はスーツのポケットから写真を取り出した。やはり相当、深くまで探られていたな。
「何だそりゃ。俺は夢でも見てんのか? これが催眠術って奴か?」
「最近の催眠術は機械すら欺くんだな」
「ちっ。これが禁忌案件の正体か。まさかオカルト派閥こそが正しかったとはな」
凄まじく顔をしかめながらも心当たりがあったのか渡辺は納得した様子を見せた。禁忌案件。やはり警察にもオカルトの情報は届いてたんだな。
逆に明確な異能の証拠があっても公的機関は納得しないって事だが。海外には超能力捜査官がいるって特集でテレビ番組が放送されたことがあったが、結局はやらせに過ぎないって結論になったしな。事件解決の為に割くべき労力と時間を無駄に消費するだけで迷惑だってのが海外組織の言い分だった。
そういう話に持って行かなきゃブルーブラッドに睨まれるんだろうな。彼らは表向きにはオカルトの存在を認めようとはしていない。
異能否定の常識、科学文明信仰を保たなきゃ異常存在が溢れかえって手に負えないらしいのだ。だから俺も一般民衆には悟らせないで裏でオカルト文化を復興させなくてはならない。
現状ですら日本は幽霊に対抗できてないし。まずは日本の霊的防護を充実させないとな。
その為にも秘密結社、八咫烏のことを知らなきゃならないんだが。奴ら宮内庁内にもシンパがいる陰陽師の生き残りだって噂があるからな。
「公安が調べてた前田孝の行方不明事件の原因も俺だ。つーか、俺が前田孝だ」
「……とりあえず最初から全部、話せ。正否を判断するのはその後だ」
「オーケイ。あと、浩介もリンク解除して正体を知らせとけ。家族が監視され続けるのは嫌だろ」
「そうですね。配慮してくれて助かります」
「死人のバーゲンセールだな。頭がおかしくなりそうだ」
そこからコックリさん事件やオーディンとの邂逅、ユカリの立場やワンダーランドでの未来予知事件にブルーブラッドとの会合に邪神侵食の危険性など一通り俺が知ってる事情を話していったんだが、渡辺だけじゃなく鈴原・ユカリ・浩介も頭が痛そうにしていた。ミサキとタラコ唇さんは陽子の捜索を担当してもらってる。
まあ異世界の外なる神がラスボスですって言ってるしな。これでもクトゥルフ神話が登場するようなフィクションと比べりゃマシな状況なんだが。
根本的な対処法があるってだけで希望が違う。俺やサンジェルマン伯爵なんて頼りになる味方もいるしな。
おら、嬉しいだろ? 喜べよ。
「聞いた内容は録音機に全て記録した。一応は上に情報が行くと思うが真面に対策が考えられるとは期待しないでくれ。非現実的すぎる」
「いいさ。オカルト派閥だっけ? 彼らに情報が伝わりゃ現状が見えるだろ。対外的に常識的な振る舞いをしておけば大抵のことはOKだってのと、邪神系カルトには容赦をするなって伝わりゃ良いんだ」
「そうか。俺も個人的にオカルト派閥には伝手がある。情報を拡散しといてやる」
「サンキュ。あと陽子の足取りは掴めてないんだよな?」
「ああ。お前らのオカゲでな」
「……申し訳ありません」
「ユカリだけの責任じゃねえな、これは。俺も悪かったよ」
陽子は俺とユカリがちゃんと話し合いを行わなかったせいで翻弄されたようなもんだ。
アイドルになれると希望を見せておきながら、その実アイドルになれる可能性はなかった。俺が関わらなきゃ陽子本人の実力でアイドルになれる可能性はあったにも関わらずだ。チートを手に入れて人よりもズルをしてるという自覚があっただろうし、それでもアイドルになれないってのは存在否定をされてるようで絶望は深かっただろうな。似た経験をしたことがあるタラコ唇さんは話を聞いて泣きそうになっていた。
無事だといいんだが。
「自殺する可能性が高い行方不明者ってことで捜査をするよう通達しておこう。異能は伏せて捜査できるからこの件に関しては確実に通る」
「ありがとな。本当に助かる」
「構わん。これが警察の職務だ。それで八咫烏に関してだが」
秘密結社、八咫烏。翔太を浚った秘密組織。
八咫烏は本来は日本神話に登場する三本足のカラスの神だ。神武東征において神武天皇という初代天皇を熊野国から大和国へ道案内したという逸話が残っている。
天皇による日本支配に多大な貢献をした偉大な神だが、この神は実は裏切り者かスパイの暗喩だったんじゃないかという説がある。
敵国の内部事情に詳しかったからこそ道案内を出来たんだってわけだな。当時は地図情報なんて軍事機密で知る人間なんて限られていたんだ。
その説が正しければ日本最古の情報機関ということになる。伊賀や甲賀なんかの忍者の源流が八咫烏なのかもしれないな。
また組織としての八咫烏は神道・陰陽道・宮中祭祀を裏で仕切っている組織だと言われており明治政府が弾圧した陰陽師を密かに匿ったのだとか。
日本が戦争に負けてGHQの占領下にあった時も睨まれて弱体化は免れなかったようだが、それでも秘密結社として今日まで続いている日本最大のオカルト組織だ。
おそらくは本物の異能組織だな。拓巳の千里眼でもマヤちゃんを見付けることは難しかったみたいだし。
「誘拐事件の常習犯だ。日本の子供に関する行方不明の幾らかはこいつらの仕業だ」
「は?」
「待てよ。何で警察は動かないんだ?」
我慢できなかったのか浩介が口を挟む。気持ちは分かる。
そんな良くあることですね、みたいな口調で片付けて良いことじゃないだろ。日本って何時からこんなに治安が悪くなったんだ。
「お前らと同じだ。圧力で表立っては捜査できん。密かに犯罪の証拠を見付けて検挙するつもりだったんだ」
それも難しいかもしれんが、そう渡辺は苦々しい表情で続きの台詞を言う。
「日本の国家鎮守の為に素質ある若者を集め教育する。これが奴らのお題目だ。本気にしちゃいなかったが幽霊対策に裏で動く勢力なのだとしたら……」
奴らは国家機関だ。そう渡辺は断言した。




