白昼夢2
公安警察の渡辺。その男に会った時、ユカリ。本名、石沢優香は奇妙な白昼夢を見た。
ワンダーランドのマンションの一室。そこで彼女は何人もの警察官に追い詰められている。バーチャル界の発見と確保、アリス姫の異能による流通革命と、不老不死をもたらすサキュバスに関しては危険すぎて組織から隠蔽したユカリではあったが、アリス姫とフリーメイソンの橋渡しをすることでフリーメイソンへ経済的な貢献を果たしている。
その結果として日本支部の幹部にまで出世しているのだ。現実でユカリが警察に追い詰められる事態などはあり得ない。
だが、夢の中のユカリはまるでその事実がなかったかのように警察に包囲されていた。
「石沢優香。殺人教唆の容疑によって逮捕する」
夢の中で渡辺は言った。ユカリに心当たりはないが、夢の中のユカリには何らかの心当たりがあるのか苦い顔をした。
「ここまで、ですか。少しは目標実現に近付いていると思ったのですが」
「フリーメイソンは何を企んでいる」
「別に何も企んではいませんよ。単に私が個人的な目標に邁進していただけですから」
まるでドラマのように動機を語り始める自分にユカリは顔をしかめた。
それはつまり、これからの未来を諦めたということだ。自分が何を考えて動いていたのか誰かに知って欲しくて遺言を残そうとしてるのだ。
「一世紀で10億。何の数だと思いますか」
「さてな。人口関連か?」
「ええ。フリーメイソンは人口削減計画を進めていると噂されてますものね。我々が殺害した数だとでも思いましたか?」
空虚に笑ったユカリは正解を口に出した。
「世界100ヶ国で人工妊娠中絶された胎児の数ですよ」
「……そうか」
「日本でも年間20万の中絶が行われています。堕ろさなければ母体が危険であったり、子宮外妊娠でそもそも生まれる可能性がなかったり、貧困で子供が育てられなかったり、年々減少していることも知っていますがね。それでもあまりにも多い」
「アメリカじゃレイプされようが中絶してはならないと法で決まったな」
「ええ。非合法なクリニックが中絶して母胎が危険に晒されるだけの結果になると言われてますね」
アメリカではキリスト教が大きな影響力を持っており、キリスト教は中絶を子殺しとして否定的な立場を貫いている。
時代が逆行するように中絶禁止を法的に明言する州が増えているのだ。
「日本にも同じ法律を敷くつもりだったのか。人口削減はどうした」
「人口増加に歯止めを掛けなきゃいけないとは私も思っていますが、日本は人口が穏やかに減っていきますからね。高齢化社会となっている先進国は何もしなくても人口は減りますよ」
思ったよりも遙かにナイーブな政治問題に渡辺は閉口した。
現実で分かりやすい悪人というのは滅多に現れてはくれない。犯罪者だろうと大抵は本人なりの事情がある。
特に政治犯といった類いの犯罪者は信念を持って行動していることが多い。今回も後味が悪い結末になると悟ったのだった。
「問題だらけの法律だというのは私にも分かっています。制定されたアメリカですら賛否両論で揉めていますしね。でも私はどうしても日本に導入したかった」
「理由は何だ」
「聞こえるんですよ」
夢の中のユカリは頭を押さえてうずくまった。夢を見ているユカリにもその理由は痛いほどに分かった。
「ずっとずっと聞こえてるんです。赤ん坊の泣き声が、今も」
何人もの赤ん坊の泣き声がユカリの耳に届く。ユカリが流産を経験した時からずっと続いている。
水子の霊だ。死んだ赤子の霊がユカリには憑いている。
「本物の霊能力者の方と偶然、会う機会がありましてね。知っていますか。水子の霊は祟らないんです」
水子の霊は祟らない。霊能力者として生計を立てる者が口を揃えていう言葉だ。
赤ん坊には穢れがない。この世に生まれることが出来なかった子供は天に導かれて成仏していくという。
だが、ユカリは水子の霊が祟らないもう一つの理由を知っている。
「祟る程の力がないんです。浮遊霊として彷徨うことも出来ずにボロボロに崩れて消えてなくなってしまう」
水子の霊に悩まされる被害者の多くが、ユカリと同じ事をしている。
死んだ赤ん坊の霊を自分から拾いに行くのだ。地縛霊という未練のあまり土地に縛られた幽霊の逆バージョン。水子の霊は親の未練に縛られてこの世に残るのだ。
大抵の親はそれを知ると供養して子供を成仏させようとする。未練を断ち切ろうとする。それが子供の為と思うからだ。
だが、ユカリはそれがどうしても出来なかった。
不幸にするだけだと知っていても子供を手放すことが出来ない。あまりにも情が深すぎる女であった。
気付けば自分の子供だけではなく、歌舞伎町で死んだ赤ん坊の霊をユカリは拾うようになっていた。
少しずつ、少しずつ、増えていく赤ん坊の泣き声にユカリは思ったのだ。
世界を変えなくてはならないと。




