幕間 緊急事態
「よし、私の公安警察での直属の上司に面会できるようになりました。異能を披露するので誰か同行してください」
「それなら俺が行く。俺なら万一の場合、逃走できるしな」
「分かりました。浩介さんは私と一緒に来てください。あと陽子さんと面識のある方は居ますか?」
「私と雫ちゃんがあるわね」
「それなら申し訳ありませんが今からゲリラ配信をしてくれませんか。配信内で陽子さんに呼びかけをお願いします」
「了解しました。注目を高める為にコラボにしましょうか」
「うん、分かった」
佐藤江利香の自己領域で包帯男と白岩姫を撃退した後、鈴原天音のスパイ告白とディストピアの原因と思われる情報公開でワンダーランドメンバーはにわかに慌ただしくなっていた。
ひめのや株式会社の二人の代表の片割れが何とかの有名な秘密結社フリーメイソンであったという事実が判明したのだ。
それだけではなくアイドルマインドという人を洗脳できるチート能力を保持した地下アイドル、山川陽子へと圧力を掛けて仕事を妨害していたらしかった。秘密裏にワンダーランドはフリーメイソンに蝕まれていたのだ。
念の為に山川陽子の所属するアイドル事務所へ連絡を取ってみると三日前から姿を見ていないという。本人への連絡も繋がらない。
山川陽子は公安警察がカルト組織に加担している可能性があると密かにマークしていたのだが、その監視もフリーメイソンの圧力によって外れていた。フリーメイソンによって彼女は浚われた可能性が高かった。
それに世を儚んで自暴自棄になってしまっている可能性も無視できない。エインヘリヤルは死んでも世に留まるので自殺するとは思えないが、万一に備える必要はあった。
因果関係は不明だが、これが現状ではディストピアの原因である可能性が最も高いと鈴原天音は判断したのだった。
「テレパシーで姫様に情報共有するが構わないか?」
「……共犯というわけではないでしょうけど、操り人形にされている可能性はないですか」
「姫様を甘く見てるな。穂村さんを打ち負かした人だぞ」
「なるほど、それは説得力が高い。分かりました。私も信じましょう」
佐藤浩介の提案に鈴原天音は頷いた。それを見て浩介は鈴原さんは信頼できるみたいですよとアリス姫に報告した。
そう、とっくにテレパシーによる情報共有は行われていた。包帯男の出現で全滅した場合に少しでも情報を残そうとテレパシーは繋げっぱなしにしてあったのだ。
【そうか。公安警察は本当にカルト組織の捜査をしていただけなんだな。フリーメイソンが俺に敵対する可能性は低いんだが、そんな事情、知らないだろうしな】
「ユカリさんがフリーメイソンだったことや山川さんの仕事を妨害していた事はどう考えているんです?」
【ユカリがフリーメイソンだったのは知ってる。陽子のアイドル活動を妨害していた理由も今聞いた。ユカリなりに善かれと思っての行動だ。悪意はない。フリーメイソンに浚われた可能性は低いな。自暴自棄になってる可能性が最も高い】
「分かりました。どうやら山川さんは自発的にいなくなった可能性が高いらしい!」
浩介の言葉にワンダーランドのメンバーは顔をしかめた。それはつまり既に手遅れの可能性も高いということだからだ。
死んだ場合はアリス姫の周囲に現れるので生きているはずだが、生きているから大丈夫という話にはならない。
現実逃避で薬物を摂取していたり、女性の尊厳が辱められる事態になっているかもしれない。組織的に動いていない単なるチンピラの方が場合によっては恐ろしい事もあるのだ。
【ユカリも陽子の捜索に協力したいらしい。信用できないかもしれないが受け入れてやってくれないか】
「そうですか。少なくとも姫様は信頼できると判断したんですね」
【ああ。ユカリはお前らが思ってる何倍も良い奴だぞ】
この提案に鈴原天音はやはり操り人形になっているのではないかと訝しみながらも、自分達の監視下でならと協力することを受け入れた。
どっちにしろ公安警察は表だってユカリを捜査することは出来ない。本人と直に面識を得られる機会は貴重だったのだ。
ユカリも公安警察の提案を受け入れた。嫌な胸騒ぎに拒否することが出来なかったのだ。
【あと、公安警察の上司に俺も会って良いか】
「姫様もですか。海外にいるんじゃなかったんですか」
【距離は無視できる。俺達も既にワンダーランド事務所にいるぞ】
浩介は舌を巻いた。バーチャル界の自己領域で話し合って利香の部屋で電話をかけたりしている内にアリス姫達はワンダーランド事務所にワープしてきていたのだ。
反則的な能力だった。チート能力に関してアリス姫は頭一つ飛び抜けている。
【秘密結社、八咫烏について聞きたいんだ。奴ら翔太を浚いやがった】
事態は新たな段階に進みつつあった。




