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佐藤江利香の箱庭事件その9

「待って! 白岩姫、穂村を殺しても意味なんてない。エインヘリヤルは不老不死だから蘇る。無駄に苦しませるだけよ!」


 ヒバナちゃんが悲鳴を上げて白岩姫を止めようと穂村さんの前に立ちはだかる。

 白岩姫の視界を遮って穂村さんの姿を隠そうとしてるけど、『ロック』の固有能力は照準の必要がないのか穂村さんは変わらずに苦しみ続けている。


「そりゃ苦しいだろうさ。ロックの固有能力じゃ即死させることは出来ない。何十時間もジワジワと固有能力を使い続けて衰弱死させるしかない。眠りさえ出来ない地獄だろうね」

「何でそんなに平然としてられるの。貴女だって穂村のバーチャルキャラクターなのに」

「同じ言葉を君にそっくり返すよ。穂村がミサイルを落とした時、君は穂村が自暴自棄になったと勘違いした。穂村の覚悟を踏みにじって平然としていた。君は穂村の事を何も分かっちゃいなかった」


 きっと共感性とか良心とか人に大事な物を君はちゃんと持ってるんだろうね、そう白岩姫はヒバナちゃんを嗤った。

 だからヒバナちゃんには穂村さんのことは理解できないのだと。


「少なくともヨモギが没収されて穂村が迷い出すまではボクこそがアリス姫以外で唯一の理解者だった。ヨモギはそもそも穂村を理解しようともしてなかったけどね。それでも彼女は穂村の覚悟を悟った上で逆らっただけマシではあるな。君と違ってね」

「うっ、ああ」

「そうやって直ぐに動揺する。覚悟が揺らぐ。ボクの一番嫌いなタイプだ」


 白岩姫はヒバナちゃんを押しのけると穂村さんの前にまで歩いて行った。


「安心しろよ穂村。無駄に苦しませて蘇らせるだけなんて無意味なことをボクはしない」


 いっそ優しそうにすら聞こえる声で白岩姫は言う。


「君が蘇る度にボクは君を殺す。何回も何十回も殺し続ける。君を生き地獄に落とす。そうしたらさ、アリス姫もきっと見ていられなくなる。エインヘリヤルはアリス姫の中で眠ることで仮初めの生を終える。ボクがいる限り目覚めさせることも出来ないだろ? ほら本当の終わりがやって来る」


 バーチャルキャラクターは主と一心同体と言っても良い。バーチャルキャラクターだけを隔離なんて出来ない。


「詰みだ。穂村、君に未来はない」




 静まり返った中でヒバナちゃんの泣き声だけが木霊こだましていた。

 何でこんな事態になってるの。皆、助かってハッピーエンドで終わりじゃ駄目だったの。白岩姫は何を怒ってる? 穂村さんが世界を危機に晒したから? でも、それは私を助ける為で……。そうだ。

 私を助けたからだ。私を助けたから穂村さんは死にそうになってるんだ。

 一度死んで終わりじゃない。これから何度も何度も死ぬんだ。私のせいで。


「お願いだから止めてよぅ。私に穂村のことは微塵も分かんないよ。面倒くさいメンヘラ女みたいにしか見えないし、穂村の記憶を共有してても行動した理由はサッパリ理解できないし内心ずっとドン引きだった。でもね、だけどね」


 ヒバナちゃんがボロボロと涙をこぼして語る。バーチャルキャラクターは主の一面だけど一面でしかない。

 結局は他人なんだ。でも、だからこそ見えるものだってある。


「楽しそうだったんだよ、穂村。モロホシちゃんには悪いけど、本当に楽しそうだったの」


 穂村さんに命懸けで救って貰えるような絆を結べてなんかいなかった。私はそう思ってた。

 気まずい空気に早く時間が過ぎないかなってそんなことばかり考えていた。穂村さんがどう思っていたかなんて気にしてなかった。


「正面から穂村に向き合って意見を言ったモロホシちゃんに心から理解し合えたアリス姫、何とか仲間として一緒に過ごそうと話し相手になってくれてたワンダーランドの皆。穂村は別に世界を滅ぼそうとなんてしてないんだよ。世界の危機に立ち向かっても良いくらいに皆のことを好きになった。それだけなんだよ」

「へえ、それで?」

「これから何だよ。これからやっと変わっていけるかもしれなかったの」


 お願いだから止めて。そう懇願して縋り付くヒバナちゃんに白岩姫は変わらない声色で答えた。


「残念だったね。そんな未来はこない」


 ボクが来させない。そう白岩姫は言い切った。




「エリッ!」

「良いわ、マスター。私も同じ気持ち」


 私のバーチャルキャラクター赤衣エリカが白岩姫に駆け出す。


「ボクは殴られようが殺されようが能力行使を止めない。ボクの再構成に穂村が精神的に弱るだけだ」

「はん、だからどうしたのよ。ヒバナ、そいつの足を放さないでね」

「わ、わかった」


 縋り付いたヒバナちゃんに白岩姫は動くことが出来ない。身体能力はヒバナちゃんの方が上なんだ。

 白岩姫の前に辿り着いたエリは握り拳を思いっきり白岩姫の胸部に叩き付けて叫ぶ。


「【バーチャルキャラクター】を【写真】に変化させるっ!!」

「却下だ」


 光が白岩姫を包むけど、白岩姫は変わらずにそこに佇んでいる。

 これは生物を変化させる際の抵抗が原因かしら。エリめ、自分の力を誇張して話していたわね。

 妖精には効いていたから油断した。意思の強さが抵抗力に関係するなら白岩姫と妖精では難易度が違い過ぎる。


「マスター、スロットを増やしなさい!」

「っ! 四つ目のスロットを【バーチャルキャラクター】を【写真】に変化させる事に使用する!」

「足りないね」


 平然と白岩姫はこちらを振り返る。圧倒的な精神力が異能を拒んでいる。

 これが穂村さんと私の差なの。Vtuberとしての人気云々では説明がつかない隔絶した差がある。これが覚悟の重さというものなの?


「君は穂村がいない方が良かったんじゃないかい? ずっと穂村の事を迷惑そうに見てたじゃないか」

「そうね。否定はしないわ」


 私は穂村さんを仲間だと思っていなかった。単なる職場仲間の括りにすら入れてなかった。

 平穏を乱す迷惑な外野。ワンダーランドにやって来た空気を読まない傍迷惑なお客さん。

 そんなところね。でも、だけど。


「未来の友達を見捨てるほど私は薄情じゃないの」


 これからが、ある。きっと友達になれる。そう信じてる。


「ふうん。そうかい」


 白岩姫は五つ目のスロットを使用した私を溜息を吐いて見た。


「まあ、それで納得しておこうか」


 抵抗を止めた白岩姫の身体が写真に変化して、私の箱庭世界の事件は終わった。

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