表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/224

幕間 モロホシ宣言

 諸星セナという仮想のキャラクターでの生配信を終えて、ふぅとモロホシは息を吐いた。配信活動を続けていて今日が一番、疲れた気がする。

 久しぶりにやったマインクラフトで道に迷って二時間以上も彷徨い続けたのはいい。本当に拠点へと帰り着けるのか不安にはなったが取れ高になったと思えば悪い事ではなかった。問題は遭難中に村雨ヒバナと出会ってしまったことだった。


 Vtuber村雨ヒバナ。本名、穂村雫。元リリエット所属のVtuber。

 暴力事件を起こしてワンダーランドに転生してきた穂村は今度は殺人未遂という大事件を起こした。警察に捕まっていないのは単に運営が通報していないからに過ぎない。事件を犯した動機も常軌を逸していて、善意故の行動だという。


 友人が精神を病んでカッとなって運営の人間を殴ってしまったというリリエット時代の行動はモロホシにも分かる。それは引き出し屋に監禁されていた自分達の為にネトゲギルドの皆が義憤でバット片手に乗り込んできてくれた時と似たシチュエーションだ。最終的に上手く収まったにせよ問題行動であることに変わりはないがモロホシには否定できなかった。

 でも、予知能力で日本がディストピアになる光景を見たからと言って、何の罪も犯していない人間を善意で。まるで良いことをするかのような口振りで殺しに行ける神経は全く理解できなかった。話を聞いた所によると、今現在ですら暗殺を諦めていないらしい。完全な精神異常者だ。


 貴女を殺しますと穂村に宣言されているアリス姫はやってみろよと笑顔で答えていて、むしろ少し嬉しげにモロホシには見えた。こちらもモロホシにはまるで理解できない。本人が言うには、やっと穂村と本音で話せているのが嬉しいのだとか。精神病院の患者や刑務所の犯罪者と仲良くなれて嬉しいと告げられた気分でモロホシは更に首を捻ることになった。

 恩人じゃなかったらアリス姫も異常者認定している。でも、そういう少しおかしな人間じゃなかったら単なるネトゲ仲間を引き出し屋から救助しようと動かないだろうともモロホシは思った。引き出し屋は業者毎に全く違う会社で、中には暴力団や警察のOBが結託して運営しているような危険な会社すらあるという噂がある。犠牲者は無理矢理に精神病院に入れられて頭のおかしい患者扱いされたりするのだそうだ。

 異常者として扱われていたのは自分の方だったかもしれないと想像してモロホシは気分が悪くなった。


 アリス姫には他にも無償でマンションに住まわせてもらっているし、Vtuberとしての仕事まで斡旋してもらっている。否定する気には到底ならなかった。

 それに、まだ18歳と若くはあるが中卒で5年間も引き籠もっていた自分に他の仕事なんて夜の仕事しかないとモロホシは思う。同僚のミサキには悪いがモロホシは身体を売って笑顔でいられる自信はなかった。

 一度、両親に冗談でキャバクラで働いたら稼げそうねと言われたことがある。笑顔ではあったが笑っていない目に、モロホシは一度絶望した。

 他に行き場なんてない。それがモロホシには泣きたい程によく分かっていた。


 だからこそ、モロホシは穂村を許さない。気軽に何てことはなさそうに、仕事なんて幾らでもありますよと、モロホシの居場所を破壊しようとしたのだ。

 ワンダーランドの他のメンバーは一部を除き穂村の凶行を見ていない。曖昧にアリス姫が手綱を握っていれば大丈夫だろうと受け入れている。善意の殺人犯という存在を理解しきれないのだ。実際に戦ったタラコ唇とミサキの二人は文句を言いながらも受け入れている。こちらは逆に命を賭してでもアリス姫と同じ人生を生きるという決意があるからだ。穂村程度の障害で怯えていてはアリス姫とは生きていけない。それを理解してるのだろう。

 ポン太は穂村側だ。モロホシにはまるで理解できないナニカだ。


 結果としてモロホシだけが穂村を受け入れない結果となった。それをモロホシは自覚できている。

 相手は殺人犯だ。未遂なんて言葉で済ませてはいけない。アリス姫を罠に嵌めて爆破して焼き殺そうとした。ミサキを銃で撃った。

 この異常事態でただ一人、モロホシだけが真っ正面から穂村を見て拒絶しようと思った。絶対に受け入れてやるものかと決意した。


 だから食堂で穂村を見た時、自然と言葉が口からこぼれ落ちた。


「穂村さん」

「はい」


 何気ない所作で振り向く穂村に怯みそうになる自分を抑えて震える足を踏みしめてモロホシは顔を上げた。

 モロホシは宣言する。たとえ何の意味もないとしても。何一つ響かないとしても。それでも。

 堂々と正面から穂村の顔を見て言い切った。


「私は貴女が嫌いです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] モロホシちゃんが...強くなってる...
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ