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(9)上楯城

 日付が変わった午前一時頃、上楯城の駐車場に、車が止まった。ライトが消え、車から降りた人影がトランクを開ける。男のようだが、暗くて顔は見えない。

 何かを取り出した男は、城跡の方向に歩き出した。手に持った懐中電灯の光が山道を照らしている。

 駐車場のトイレの陰に隠れていた藤原と黒田が、気付かれないように男の後を追った。

挿絵(By みてみん)


 男は長い山道を抜け、本丸跡で立ち止まった。懐中電灯を地面に置き、手に持っていた何かを伸ばす。雲間から顔を出した月がそれを照らし出した。折りたたみのシャベルだった。月の光は男の顔も照らした。浮かび上がったのは滝川の顔だった。

 滝川はシャベルで地面を掘り出した。その様子を木の陰から、藤原と黒田がうかがっている。

「藤原さん、あそこに凶器を埋めたのでしょうか?」

「もう少し待ってみましょう。今にわかります」

 ささやくような会話が途切れると、黒田はその場から離れ、闇の中に消えて行った。

 黒田は、蜂須賀を殺害した凶器を、滝川が始末したと思っているようだ。だが、それはあり得ないことだった。

 メモリアルパークから仙台駅までは、車で一時間程掛かる。仙台駅から上楯城までは三十分程だ。犯行時間は午後六時少し前だから、朝香が仙台駅近くで凶器を滝川に渡したとしたら、早くても午後七時頃になる。滝川がそこから上楯城を往復したとしたら、午後八時前に仙台中心部に戻ることはできない。ところが滝川は、午後七時半には中心部にある居酒屋にいた。滝川が今掘っている場所に凶器を埋めるのは不可能なのだ。

 それにもかかわらず、滝川が凶器を始末したと思っているのは、時間的に不可能だということに気が付いていないこともあるが、藤原がそう言ったからだろう。黒田は、藤原が見事な推理をしてみせたことで、すっかり信用したようだ。


 黒田は十分程で藤原の元へ戻って来た。

「応援の警官の配置が終わりました。これで滝川を逃すことはありません」

「そうですか」

 藤原の返答は素っ気ない。藤原は滝川の挙動に集中しており、黒田を気遣う余裕はなかったのだ。

 藤原がしばらく穴掘りを注視していると、滝川がシャベルを地面に置いた。ひざまずき、手を穴の中に突っ込んで土をかき出し始める。その動きが止まると、手のひら大の四角い物を拾い上げ、ブルゾンのポケットに入れた。

 それを見届けた藤原は、滝川に向かって猛然と走り出した。黒田が慌てて後を追う。

 足音に驚いた滝川は、懐中電灯を拾い上げて、足音がする方に向けた。

「藤原さん……なぜここに」

 滝川は茫然として見上げた。仁王立ちになっている藤原の後ろから、黒田が現れる。

「刑事さんも……」

 うろたえた滝川は、立ち上がり、二人とは反対方向の柵に向かって逃げ出した。柵に近づくと、柵の外から警官が現れた。右からも左からも警官が迫ってくる。踵を返すと、黒田が立ちふさがっていた。滝川は咄嗟に殴りかかった。黒田はよけない。拳が黒田の頬を捉えたが、黒田はその拳をつかまえて投げ飛ばした。警官が一斉に飛び掛かり、滝川を取り押さえた。

「止めろー、放せー!」

 もがく滝川に向かって、黒田が言い放つ。

「滝川、暴行の現行犯で逮捕する」

 黒田は確実に拘束するために、あえて殴らせたようだ。警官が滝川に手錠を掛ける。滝川はそれで観念したのか、うなだれて静かになった。


 捕り物を遠巻きに眺めていた藤原は、滝川が確保されたのを確認すると、掘られた穴の方に向かった。黒田が頬を抑えながら藤原を追う。

 藤原は五十センチ程の深さに掘られた穴の底を懐中電灯で照らした。赤い布が現れる。ポケットとファスナーが付いており、ジャンパーの一部のようだ。藤原が光を移動させると、白い棒の様な物が浮かび上がった。何本もの白い棒が放射状に並んでいる。

「これは……人骨、手の骨だ。凶器が出てくる筈では……。藤原さん、これはどういうことですか?」

 黒田は動転していた。凶器が隠されていると思っていたのに、思いもよらず人骨が出て来たのだから、刑事といえども動転して当然だろう。ところが、藤原は落ち着き払って無言で遺体に向かって手を合わせている。

 黒田は警官らに叫ぶ。

「おーい、滝川をこっちに連れてこい」

 手錠を掛けられた滝川が、警官に引っ立てられ黒田の前に立たされた。黒田が白骨を指差し、ドスの利いた声で訊く。

「この遺体は誰だ?」

 滝川は顔を伏せて答えない。

「この状況で、知らないは通らないぞ。答えろ!」

「……」

「このご遺体は島津義子さんです。そうだろう、滝川」

 滝川の代わりに、藤原が答えた。滝川はキョトンとした表情をしている。

「島津義子でわからなければ、竹姫と言えばわかるか?」

 滝川の顔色が変わった。目を見開き、口を開けて固まっている。明らかに知っているという様子だった。

「竹姫? 島津義子さんって誰ですか?」

 黒田が横から口を出した。

 藤原はポケットから赤いスマートフォンを取り出して、画面に映し出された写真を黒田に見せる。アイドルのような容姿の可愛い女性が映っていた。

「彼女が島津義子さんです。行方不明になっている女子大生です」

「なぜそんなことを、藤原さんが知っているのですか?」

 黒田が疑問に思うのも、もっともだった。

「義子さんは新潟の大学の学生です。親元から離れて学生寮に住んでいました。昨年の十一月、ご両親の元へ『義子さんが旅行に出掛けたまま帰ってきていない』と、連絡が入りました。失踪する理由がなかったので、ご両親は旅先で何かあったのかと思い、警察に捜索願を出したそうです。当然のことですが、警察は積極的に捜索はしません。なので、ご両親は警察を当てにすることは諦め、義子さんの捜索を探偵の私に依頼してきたのです」

「藤原さんが行方不明の義子さんを探しているのはわかりましたが、この遺体がなぜ義子さんと断言されるのですか?」

 黒田は少しイラついた口調で訊いた。

「私は関係者に聞き込みを進め、義子さんが真面目な性格であり、失踪する理由が見当たらないこと、友人達と遊びに行く約束をしていたことなどを知りました。更に、キャッシュカードやクレジットカードをその日以降使ってないことも。それで、義子さんが自ら失踪したのではないと確信しました。監禁されているか、殺害されているか、どちらかでしょうが、状況からすると殺害された可能性が高いと考えざる得ませんでした」

 訊いたことの答えになっていないので、黒田が渋い顔をしている。

「話が横道にそれましたね。聞き込みの過程で義子さんの友人から『義子さんは城マニアで、アプリを使って城を巡っていた』という証言を得ました。そこから義子さんが城郭巡りのユーザーだったことを突き止めたのです」

 藤原はそう言って、赤いスマートフォンのアプリを立ち上げる。画面には城郭巡りのマイページが映っていた。ユーザー名の欄は「竹姫」になっている。

「義子さんの部屋にあった城カレンダーに書かれた英数字が、このアプリの引き継ぎコードだということを突き止め、義子さんのマイページを開くことができました。自分履歴を開くと、【2018/11/17 13:02 仙台城攻略】と記録されていました。義子さんが旅行に出た日です」

 藤原は「ショート掲示板」のボタンをタップする。【2018/11/17 13:30 親切な地元メグラーさんに出会いました。案内してもらえてラッキー\(^o^)/】との義子さんの書き込みが現れた。

 次に、伝言メールのボタンをタップする。【2018/11/17 14:20 真田丸さんより 仙台は面白いですか? いつものように写真をアップするのを楽しみに待ってます】、【2018/11/17 14:25 真田丸さんへ 了解(`・ω・´)ゞ メグラーさんがアプリに載っていない城に連れてってくれるから、そっちの写真もアップできたらいいな】とのやり取りが映し出された。

「この伝言メール以降、義子さんの書き込みはありません。写真もアップされていません。地元メグラーが失踪に係わっていると考えるしかないでしょう」

 藤原の説明を聞いていた黒田が唾を飲む。

「その地元メグラーが滝川なんですか?」

 藤原は黙って足跡履歴のボタンをタップした。最後の足跡は【2018/11/17 タッキーさん】となっている。

「この日、義子さんのマイページを訪れたのはタッキーさんしかいません」

「しかし、それだけでは……」

「そうです。これだけではタッキーさんと地元メグラーが同一人物とは限りません。しかし、他に手掛かりはありませんでした。私はタッキーさんに連絡することも考えましたが、警戒されると元も子もないので、自然に接触する機会を待ちました。それが蜂須賀さんが主催するオフ会でした。私は滝川を観察し、義子さんと接触したのは滝川で、上楯城がカギだと判断しました。それで滝川を誘き出すことにしたのです」

「なんだって! それじゃ警察が百人体制で上楯城を捜索するというのは嘘だったのか。ちくしょー!」

 警官に拘束されている滝川が、身をよじりながら叫ぶように言った。

「藤原さん、滝川にそんな嘘を吐いたのですか? では、私に『滝川が凶器を上楯城に隠した』と言ったことも……」

「ええ、嘘です。滝川を逃がさないために利用させてもらいました。申し訳ありません」

 藤原が頭を下げると、黒田はため息をついて肩を落とした。

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