(5)居酒屋
松島で車から降りた藤原は、海岸線を散策してから円通院や瑞巌寺を見て回った後、松島海岸駅に向かった。親睦会が始まる時間までにはまだ余裕があったが、不案内の土地で迷って、親睦会に遅れることを心配したのだ。
藤原は松島海岸駅から電車に乗った。仙台駅に到着したのは集合時間の一時間ほど前だったので、徒歩でも余裕をもって間に合う筈だった。ところが、会場である居酒屋「長命館」の入り口がわかりづらい場所にあったために迷ってしまった。結局、たどり着いたのは集合時間の午後七時半を少し過ぎていた。
藤原が座敷に通されて中に入ると、滝川とリサの二人だけが座っていた。
藤原は二人に詫びる。
「遅れて申し訳ありません。蜂須賀さんと浅見さんは?」
「お二人はまだ来てません。藤原さんは蜂須賀さんとご一緒ではなかったのですか?」
滝川が藤原に訊いた。
「私は松島で蜂須賀さんと別れました。仕事があったようで、仙台空港に行きました。親睦会には間に合わせると言ってましたが、長引いたのかもしれません。滝川さんこそ浅見さんと一緒だったのでは?」
「四時半頃に仙台駅でリサさんと浅見さんを降ろしました。そこから別行動です」
「二人共少し遅れているだけでしょうから――」
プルルルプルルルル。藤原の発言の途中で、着信音が響いた。リサのハンドバッグの中で鳴っている。リサが慌てて立ちあがり、座敷から出て行った。
「蜂須賀さんか、浅見さんからの電話かもしれませんね」
滝川が藤原に話し掛けた。
「二人はリサさんの電話番号を知ってるんですか?」
「たぶん、知ってると思いますよ。僕もリサさんと電話番号を交換しましたから。藤原さんは交換してないのですか?」
「ええ。私はリサさんから嫌われているのかな?」
滝川は「そんなことないですよ」と言いながらも、優越感を隠さない。
しばらくしてから、リサが座敷に戻って来た。
「迷子を連れて来ました」
笑うリサの後ろから、浅見が顔を出した。
藤原は浅見を見て、違和感を持った。違和感の原因は、ボリュームがあった髪が潰れ、ヘアスタイルが少し落ち着いた印象になっていたためだった。
「まだ初めていなかったんすか?」
立って話す浅見に、藤原が答える。
「ええ、浅見さんと蜂須賀さんが到着するのを待ってました」
「すんません。それじゃ、初めますか?」
「主催者の蜂須賀さんがまだですから、もう少し待ちましょう」
藤原は勝手に始めようとする浅見をたしなめるように言ったところ、滝川が横から口を出した。
「時間が無くなるから始めましょう。蜂須賀さんには電話で『先に始める』と電話で伝えればいいじゃないですか。リサさん、蜂須賀さんの電話番号を知っていますよね。電話してもらえませんか?」
滝川が急に振ったためか、リサはあたふたし、「私が電話するの?」という態度を示した。
「嫌だったら、僕が電話するから番号を教えて」
滝川にそう言われて、リサは諦めたように答える。
「私が電話する」
リサはハンドバックからスマートフォンを取り出した。ペンホルダー付きのピンク色の手帳型ケースには、ヴィトンのロゴマークが散りばめられている。スマートフォンよりケースの方が高そうだ。
リサは何かに気が付いたのか、スマートフォンをテーブルに置き、ハンドバッグを膝の上に載せて中を漁り出した。
「無い、無い。お揃いなのに」
皆がリサに注目していると、「蜂須賀さんのお連れの方ですか?」との声がした。
いつの間にか座敷の入り口に、くたびれた感じの初老の男が立っていた。声の主はその男だった。
「そうですが、どなたですか?」
藤原が訊いた。
初老の男は、テーブルの周りに座る四人の顔を見据え、小さな声で答える。
「宮城県警捜査第一課の黒田です」
居酒屋の喧騒に掻き消されそうな声だったが、男は確かにそう言った。
藤原ら四人が固まっていると、黒田はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出して見せた。二つ折りの皮のケースには、顔写真とバッジが付いていた。
「蜂須賀さんが亡くなりました」
「えっ、ええー」
リサがハンドバッグを膝の上から落とし、大きな声を出した。居酒屋の喧騒が一瞬静まった。
「驚かれるのは当然だが、お静かに願います。申し訳ないが、署の方で話を聞かせてください」
「任意なんですよね。任意なら……」
滝川が抵抗する素振りを見せた。
「もちろん任意です」
黒田は任意と言ったが、その声には有無を言わせない迫力があった。四人は承諾するしかなかった。