(4)サン・ファン館
オフ会一行は、仙台市博物館の近くにある駐車場に向かった。蜂須賀、藤原、浅見が一緒に歩き、少し遅れてリサと滝川が続く。リサは何やら滝川に訊いているようだ。
蜂須賀は自分の車の脇に来ると、振り返り、リサと滝川を見た。二人は違う方向に歩いて行っている。
「リサさんは滝川さんの車に乗るようですから、藤原さんと浅見さんは私の車に乗ってください」
蜂須賀はリサと同乗したかったのかもしれない。蜂須賀の口調は残念そうだった。
蜂須賀はリモコンキーを押し、ロックを解除した。四人乗りクーペのハザードランプが点滅する。蜂須賀の車はイタリア製の高級車だった。金色の車体に三ツ又の銛のエンブレムが誇らしげに付いている。
藤原は、二千万円はするだろうこの車を間近にして、蜂須賀の羽振りの良さを実感した。
蜂須賀がトランクを開けると、蜂須賀の鞄の他に、高級車に似つかわしくない物が入っていた。数丁のシャベルと折りたたまれた金属探知機だった。これがオフ会の告知にあった発掘道具なのだろう。
藤原が金属探知機について訊こうとしたとき、リサの声がした。
「リサ、こっちに乗る」
蜂須賀の表情がほころんでいた。藤原は苦笑しながら、「リサさんの代わりに、私が滝川さんの車に乗ります」と言って、滝川の車の方に歩き出した。藤原は、滝川と浅見が不仲なのを感じていたため、滝川と浅見を一緒にしない方がいいだろうと判断したのだ。
滝川は国産スポーツカーのトランクを開けて待っていた。藤原はショルダーバッグをトランクの中に入れようとして、大きめの折りたたみシャベルを発見した。
「このシャベルは? 穴でも掘るんですか?」
「いいえ。仙台は雪が降りますから、念のために積んでいる人が多いんですよ。そんなことより、早く乗ってください」
藤原は滝川に急かされ、そそくさと乗り込んだ。
藤原と滝川を乗せた車は石巻へと向かって走った。オーディオからは女性アイドルグループの曲が流れていた。滝川は鼻歌交じりで運転している。
藤原は今どきのアイドルに疎かった。アラフォーなので、当然と言えば当然だ。
「この曲は、何という曲ですか?」
「『根白坂46』の『高城の兵糧攻め』という曲です。いい曲でしょう」
「根白坂46?」
「九州のご当地アイドルです。人気があるんですよ」
「好きなんですね」
「好きというより大好きです」
滝川は上機嫌だ。
「ところで、明日行く上楯城のことですが、アプリの『城郭巡り』に載っていないですよね。何ででしょうか?」
「さあ、人気が無いからではないですか」
滝川の返答は素っ気ない。
「あまり人が行かない城なんですか。だったら、何かを埋めるのに都合の良い場所ですよね」
「何かってなんですか!」
滝川の声には、怒気が含まれていた。
「支倉常長の宝のことですよ。何のことだと思ったのですか?」
滝川は憮然とした表情で答えない。車内に気まずい雰囲気が流れた。
根白坂46の曲が流れる中、藤原は雰囲気を変えようと何度か話し掛けたが、滝川は生返事を繰り返すだけだった。
藤原を乗せた車は高速道路を降りる。石巻市の中心部を通り抜けて、サン・ファン館の駐車場に到着すると、既に蜂須賀らが待っていた。藤原が腕時計を見ると、ちょうど午後一時だった。
五人は隣接するレストランに入った。中は洒落た内装で、窓からは広い公園が見えた。イタリア風庭園でサン・ファンパークというらしい。
大きなテーブルが無いので、蜂須賀、浅見、リサの三人が同じテーブルにつき、藤原と滝川がその隣のテーブルについた。
蜂須賀の方のテーブルは、随分と話が弾んでいる。素っ気ない態度だった浅見が饒舌になっていた。車中で何があったのかわからないが、打ち解け合ったようだ。対して藤原の方は、微妙な空気が流れている。車の中での雰囲気を引きずっていた。
全員が地場食材を使ったランチセットを注文した。料理が運ばれてきて来たが、蜂須賀だけが食べ始めない。箸で食材を一つ一つ確かめている。藤原以外は気にも留めていなかったが、藤原だけがその様子を見ていた。
(飲食店のオーナーだけあって、ただ食べて終わりということではないんだな。こういう研究熱心なところが成功の秘訣なんだろう)
ゆっくり食べていた蜂須賀が食べ終わり、会計になった。一人一人順番に支払い、蜂須賀の番になった。
蜂須賀は財布を取り出した。中には万札がびっしり詰まっている。百万円近くあるようだ。
リサは「すっごーい、蜂須賀さん金持ちー」とあからさまに反応したが、蜂須賀は「現金主義なだけですよ」と軽く受け流した。他の三人は目を丸くして見つめるだけだった。
支払いが終わり、一行はコロッセオのような公園を横切ってサン・ファン館に入館した。奥に進み、長いエスカレーターで下りて行くと、復元されたサン・ファン・バウティスタ号が窓越しに見えてくる。
(あんな帆船で太平洋を横断したのか)
藤原は驚きながら板張りのドックに出た。気が付くと、リサと浅見の姿が無い。滝川も気付いたようだ。
「リサさんが浅見さんの電話番号でも聞き出しているんでしょう。しばらくしたら追いつくだろうから、先に行きましょう」
と滝川は言って、船に向かって歩き出した。
リサの営業活動は浅見にも及んだようだ。藤原は、リサのノルマがきついのだろうと思う一方で、自分だけ誘われないことに複雑な気持ちを抱いていた。
藤原、蜂須賀、滝川の三人が船の甲板でマストを見上げていると、リサと浅見が現れた。
滝川はマストの上ではためいている旗を指し、リサに言う。
「旗の紋章を見てください。見たことあるでしょう」
リサは、二本の矢と逆卍が書かれた旗を見つめて考え込んだ。
「そうだ! 博物館にあった証明書に描かれていた紋章だ。そうでしょ」
「正解です。常長の紋章です」
「やったー! 正解の賞品の代わりにお店に遊びに来てね」
「それは、ちょっと……」
滝川は困ったような態度を見せたが、満更でもない様子だった。リサはなかなかのやり手なのかもしれない。
会話が途切れるのを待っていたように、浅見が進み出た。
「ここには、帆船以外にシアターや展示室があるみたいっすよ。俺、そっちを見たいんで、バラバラに行動しませんか?」
「賛成! そうしようよ。帰る時間になったら、ロビーに集合したらいいんだし」
浅見の提案に、リサが真っ先に賛同した。更に、リサは蜂須賀の腕をつかんで同意を求める。
「お二人がそう言うならそうしますか?」
藤原は、蜂須賀が賛否を示す前に同意した。藤原も、五人全員で行動するよりバラバラに行動する方が好ましいと思っていたのだ。
蜂須賀も賛成し、滝川は仕様が無いといった感じで首を縦に振った。
「じゃ、三時にロビーで」
浅見はそう言い残して船から降りて行った。
リサは蜂須賀の腕を引っ張りながら船体の中に消えて行く。藤原と滝川だけが残された。
「皆さん行ってしまいましたね。滝川さんは、ここに来たことはありますか?」
「ええ、ありますよ」
滝川の返事は、どことなく元気が無い。
「申し訳ありませんが、案内してもらえませんか?」
「いいですよ」
滝川は素っ気なく答えて歩き出した。
午後三時を少し過ぎた頃、藤原、滝川、浅見の三人がロビーで待っていると、リサと蜂須賀が現れた。リサは手に袋をぶら下げている。蜂須賀に何か買ってもらったのだろう。
「お待たせして申し訳ない。それでは仙台に戻りますか。そうそう、来た時と同じ組み合わせというのも能が無いので、同乗者を入れ替えましょう」
蜂須賀が思わぬことを言い出した。
浅見が「いっすね」と賛成し、リサも続いた。滝川に異議を唱える理由はない。藤原は蜂須賀とリサの間に何かあったのかといぶかしがったが、詮索するようなことはせずに黙って従った。
藤原と蜂須賀が乗ったイタリア製高級車は、高速道路を走らず、国道を仙台へ向かって走った。藤原は、震災の傷跡を残す町並みが窓の外を流れるのを助手席から眺めていた。
「藤原さんは仙台に初めて来たと言ってましたね。松島に行ったことはありますか?」
「残念ながらありません」
「松島は日本三景の一つですから、絶対見るべきです。この先に松島がありますから、寄りましょうか?」
「蜂須賀さんに、ご迷惑をお掛けする訳にはいきません。それに、親睦会に間に合わないと困りますし」
「親睦会までには、時間がありますので、問題ありません」
「しかし……」
藤原が渋ると、蜂須賀は顔をしかめた。
「正直に言います。仕事関係で仙台空港に行かねばならないことを忘れていました。申し訳ありませんが、松島から電車を使って仙台に戻ってくれませんか?」
藤原は蜂須賀が執拗に進めてくることに違和感を感じていたが、理由を知って納得した。蜂須賀の仕事熱心さを見ていたから、何かと忙しいのだろうと思ったのだ。
「遠慮なく言ってくれればよかったのに。松島観光をさせてもらいますので、松島で降ろしてください」
「本当に申し訳ない」
「こういう事がなければ松島を見ることもなかったでしょうから、良い機会でした。気にしないでください。それより、親睦会には参加できるのですか?」
「親睦会には間に合うようにします」
蜂須賀は、口調が明るくなり、多弁になった。せき止められていた水がダムの決壊で流れ出すように、とりとめない話を絶え間なく続けた。
藤原が蜂須賀の話に相槌を打つのに疲れた頃、松島海岸に着いた。藤原はそこで降り、蜂須賀と別れたのだった。