(1)新潟から来た男
この作品はネット小説大賞に参加するために、以前投稿した「支倉常長の秘宝殺人事件」を書き直したものです。
内容把握の手助けになるよう画像を添付しました。
金曜の夜、仙台の繁華街から少し離れたホテルにチェックインした藤原定男は、部屋に入って直ぐにベッドの上で大の字になった。
「はー疲れた。四十を過ぎて、高速バスでの移動はしんどい」
思わず愚痴が口から出る。
藤原は住んでいる新潟から高速バスに乗って仙台に来ていた。乗り換えが要らず料金も安いので、高速バスを選んだのだが、四時間半もバスに揺られるはめになったのだ。
天井を見上げながら休んでいると、寝入ってしまいそうになる。おもむろに上体を起こし、ジャケットのポケットから黒いスマートフォンを取り出した。「支倉常長」と打ち込んで検索し、幾つかの記事を読む。
支倉常長は江戸初期の仙台藩士で、伊達政宗の命により、慶長遣欧使節としてヨーロッパに渡る。イスパニア国王とローマ法王に謁見するも、通商交渉に失敗し、七年後に帰国。概ねこの様な内容の記事ばかりだった。他には、慶長遣欧使節の末裔を自称する「ハポン」姓の人達がスペインに数百人存在するというものもあったが、それだけであった。
(支倉常長が宝を埋蔵したなんて話は無いな。秘宝の話はやはりガセなのか? まあ、いい。明日の予定を確認しておくか)
藤原はブラウザーを閉じて、「城郭巡り」という名のアプリを開く。
このアプリはいわゆる位置情報ゲームと言われるものである。基本的な遊び方は、城郭の近くで「攻城ボタン」をタップすることでその城を攻略し、攻略回数を競うことだ。しかし、機能はそれだけではない。個々のユーザーには、マイページが割り当てられ、様々な機能が使えるようになっている。
ユーザー同士が直接連絡できる「伝言メール」。全ユーザーに発言が公開される「ショート掲示板」。攻城情報や移動距離が記録される「自分履歴」。マイページを訪問したユーザーがわかる「足跡履歴」。メディア情報やオフ会情報が載せられている「イベント情報板」などがある。コミュニティ機能の充実が、多くのユーザーを集める原因になっており、登録者数は二十万人を超えている。ちなみに、ユーザーは自らを「メグラー」と呼んでいる。
アプリが立ち上がると、藤原のマイページが現れた。ハンドルネームの「謙信」が表示されている。藤原はイベント情報板を開いた。
★★支倉常長の秘宝オフ会を開催します★★
支倉常長が財宝を埋蔵したと記してある古文書を入手し、自分なりに埋蔵場所をほぼ特定しました。
支倉の秘宝を発掘するオフ会を開催しますので、若干名の参加者を募集します。興味のある方は主催者の「呑み助」に伝言メールで連絡してください。
発掘道具は主催者が用意しますので、手ぶらで参加できます。
【一日目(五月十八日)のスケジュール】
●午前十時、仙台城の伊達政宗公騎馬像に集合
●城内にある支倉常長像を見学し、仙台市博物館に入館
●石巻市に移動し、サン・ファン館で昼食
●サン・ファン・バウティスタ号を見学
●午後七時三十分、仙台市国分町の居酒屋「長命館」で親睦会
【二日目(五月十九日)のスケジュール】
●午前中、川崎町の上楯城で宝探し
●正午頃、仙台駅で解散
※食事代と入館料は各自でお支払い願います。
追記 仙台石巻間と仙台川崎間の移動は呑み助とタッキー様の車で移動することになりました。
藤原はオフ会の告知を読んだ後、伝言メールのボタンをタップした。
2019年5月15日 午後7時24分
<呑み助>さんより
オフ会の件の連絡です。
参加者は私を含め、謙信さん、タッキーさん、ドラゴンさん、虹色アゲハさんの五人です。
お互い面識がありませんので、十時ちょうどに集合場所で手を挙げてください。
主催者の指示を確認すると、黒のスマートフォンをポケットに戻し、ショルダーバッグから赤のスマートフォンを取り出す。電源を入れ、アプリの中から城郭巡りを選んで開いた。
ショート掲示板と伝言メールの内容を頭に叩き込むように何度も読む。そうしている内に、いつの間にか寝入っていた。
目が覚めた時には、朝になっていた。
藤原はシャワーを浴びて朝食を取ったが、集合時間まで、まだ時間があった。フロントで仙台城の本丸跡までの距離を訊いたら、三キロメートル程だということだった。徒歩でも十分間に合う。
藤原は街の風景を楽しみながら歩くことにし、ショルダーバッグを肩に掛けてホテルを出た。