9話
「おおおお! 懐かしー!」
グルゥは久しぶりの薬草群生地に、歓声を上げていた。
そこは冒険者用薬草群生地。管理業務の一環として新人二人は連れて来られていた。
「は~い、はしゃぐのはそれくらいにして、先ずはギンシの説明を聞きましょう」
「なんだ俺かい。まぁいいか」
マリーは手を叩き注目を集めると、ギンシに丸投げした。
「よし、とりあえず大まかな流れを言うぞ。
先ずは、端の方の固くなった地面を耕して柔らかくする、そしたらそこに薬草を避難させる。それから残りの場所に堆肥を混ぜて耕し柔らかくしたら、元の位置に植え替え。こんなもんだ。
後は、角兎の管理くらいか。
…………
おめぇら、かわいいからって餌付けしたり、撫でたりするなよ? 特にマリー!」
新人二人を差し置き、名指しで注意される、ハンター課のマリー課長。
「バレないように頑張りま~す」
冗談に聞こえないのは、普段の言動の賜物である。
「あの、此処って昔から角兎居るんすけど、これもハンター課の仕事なんすか?」
こうしている間にも、白いもふもふがグルゥの視界の隅をぴょこぴょこ動いている。
「普通、角兎っつうと立派な角があるだろ?」
「そっすね。此処のやつら以外は……」
此処にいる角兎は、本来、額から生えている筈の一本角が根本付近から折れてしまっている。
「俺等が折ってんだ。角欠きってんだけどな。これやるとよ、何でか知らんがおとなしくなんだなぁ」
マリーも補足で説明に加わる。
「角兎は元々、縄張り意識の強い草食の魔物よ。だけど角欠きは、縄張り意識や闘争心、それに生殖能力まで無くなっちゃうからねぇ」
抱っこしなでなでしながら語るマリー。角欠きも気持ち良さそうに眼を閉じている。
ギンシがジロリと睨んでいる。
「そう言う訳で、比較的安全な魔物として、初心者冒険者への威嚇目的で置いてるってぇ訳よ。『どんな温い依頼も絶対安全じゃあ無い』ってな」
「緊張感、ってやつね」
「成る程、そう言う事なのだね。お!」
話を聞きながら、フォールの目は角欠きを追っていた。そうして、足下に来た角欠きを抱き上げようとしたその時、
「あ! フォール、その子は駄目よ。まだ若いから」
「若い子は駄目、か。………… 皆一緒に見えるがどこで見分けるんだい?」
「愛が足りないわね~。私には皆違って見えるわ~」
マリーは抱っこしていた角欠きをフォールに渡した。
初めての抱っこに戸惑うフォールに、抱きかたを手解きする。ぎこちなくもフォールは角欠きの抱きかたを習得した。
「その子はフレディよ。いくら角欠きって言っても若い子は結構暴れるんだけど、その子はもう大分歳だから全然でしょ?」
「確かに全く動かないね。いやしかし、ふわふわだ、ふわっふわ。まだ冬毛かな?」
言いつつ撫でる手は一切止まる気配はない。
「角兎は年間通してふわふわよ。最高でしょ!」
角兎を介し、サムズアップで通じ合う二人。
そんな二人を見て、ギンシが新人二人に忠告をする。
「此処は魔物避けの結界で覆われてっからな、こいつら勝手に増えらんねぇ。だから俺等が外から連れて来なきゃならん。
そすっと、当然、増えるよな? だが増え過ぎは困る、だから年寄りから順に間引いてかなきゃあ、ならん。
お前等が可愛がってるそいつも近々、絞めて、捌いて、昼飯にして食うからな」
冒険者としての経験からグルゥは何とも思わない。だがフォールは違った。
「こ、こんなにかわいい生き物を、食べる? 冗談だろう? 第一! 私は今まで聞いた事もない! 角兎の肉なんて! ましてや!」
珍しくフォールが声を荒げている。
「おー、さすが貴族」
グルゥが感心したような事を言っている。決して煽っている訳ではない。
フォールが助けを求めるようにマリーを見つめる。
ギンシが咎めるようにマリーを睨む。お前が名前をつけるから、可愛がって見せるからだと。
別々の意味で二人から見つめられても、そんなのどこ吹く風のマリーだが、一応フォローは入れるようだ。
「安い肉だからね~。貴族の食卓には上がらないんじゃない?」
違う、そうじゃない。
ギンシがため息を吐き、話を引き取ろうと口を開きかけた。
が、マリーが続ける。
「まぁ、真面目な話をすると、角欠きは部位欠損だからポーションじゃ治せないんだけど、高位のヒーラーなら治せちゃうんだよね。だからペットにできないのよ」
「だが高位のヒーラーなんてそんな簡単には見つからないだろう」
「教会を任されてるのは皆高位のヒーラーだよ。むしろ高位のヒーラーである事が教会運営の資格とも言えるかな~。
つまり、どの町にも一人は居るんじゃないかな~って事よ。後は、貴族や金持ちが権力や財力に物を言わせて頼むだけ。
権力、財力、生臭坊主、誰でも分かる危険な三角関係ね」
「だが殺す事はないだろう! 増え過ぎると言っても加減すれば良いだけの話ではないか!」
フォールの意見は正しく聞こえる。だが角欠き達は冒険者への威嚇用として集められているのだ。
「ある程度若くて元気じゃないと、冒険者に狩られるんだよね。グルゥも覚えがあるんじゃない?」
気まずそうに頭を掻きながら、グルゥは自らの体験を語った。
曰く、『久しぶりに肉が食べたかった』『肉屋に直接持って行き小遣い稼ぎ』。概ねこの二つの理由から、グルゥは角欠きを狙った。だが一度として成功には到らなかった。
「こいつらすばしっこいんだよ。気配にも敏感だし」
「だが課長は簡単にフレディを抱っこしていたではないか」
今も別の子、稲葉、を捕まえ抱っこしている。
「その『簡単に』ってのがまずいのよ。楽に捕まえられるとなると、初心者達に狩られるかも知れないし。
それに初心者が狩るのを見て、ベテランが便乗して来たりね。
実際に、何年かに一人、そんな馬鹿なベテランが出てくるのよ。『食うに困って』とかじゃなく、『酒の肴に』なんて理由で」
「………… 故に、老いて鈍くなった子は置いておけない」
フォールは肩を震わせフレディ達の境遇を嘆いていた。
…………
…………
「………… そろそろ作業に掛かりてぇんだがな、」
ギンシの一声でグルゥは作業に駆り出される。
ポーチから鍬を取りだし、フォールを除く三人で群生地の一角を耕して行く。
「よーし、中々上手ぇじゃねぇか。ここに一旦薬草を移してから、全体を耕すからな」
「ちょっ、教官、フォールは!? ほっとけねぇって!」
グルゥはどうしてもフォールが気になるらしい。だがマリーもギンシも放っておくしかない事を知っている。
「ほっとくよ~。自分で折合い着けるしかないんだから」
幸い、明日はギンシ、グルゥ、フォールの三人は公休である。考える時間はたっぷりある筈だ。
「それに裏技もあるし、」
「裏技? そんなん有るなら早く教えてやれよ」
「私これでも一応、課長なのよ? 言える訳ないでしょ」
だがマリーとて鬼ではないし、ギンシも口を挟まず、黙認の構えだ。
「でもヒント位なら出してあげよう。慣習的に土地の法に従ってるけど、実はギルド内って治外法権なのよ。勿論、職員寮の中もね」
「って事は中で飼っても良いって事かよ!?」
「え? 何言ってるの? そんな訳無いでしょ?」
「へ? いや、でも、今」
ギンシがぼそり「暗黙の了解」と呟いた。グルゥはそれで全てを理解した。
「因みに誰かしら連れ込んだのがばれたらどうなんだよ?」
「………… 他所の支部の話だけど、そうね、………… グリフィーネって女の子を匿ったんですって。それで謹慎三ヶ月、でも堪えきれずに逢瀬を重ね、結局はクビ。今は二人で運送業してるって噂よ」
グリフィーネ空輸便、西隣の大陸で売り出し中の新参運送業。その噂は他の大陸にも鳴り響いている。当然、グルゥの耳にも届いている。
「この話ってフォールにしてやっても「さー! もう一頑張り、張り切っていきましょー! 私は何も話して無いし聞いていなーい!」
暗黙の了解か、それともただの責任逃れか、とにかくマリーはそう言う事にしたいらしい。
結局その日の作業は終始三人だけだった。
ギルドに帰り日誌を提出するフォール。
何時もは『お疲れ様でした』以外声を掛けないマリーが、珍しくフォールを呼び止めた。
「明日は休みでしょ? 一日ゆっくり考えると良いよ。せっかく同期なんだしグルゥに相談に乗ってもらうのも良いんじゃない?」
「………… 案外、お節介のようだね。お疲れ様でした」
…………
…………
「私も帰るわ~」
日誌の束と報告書を抱え、ギルマスの執務室へ向かうマリーとギンシ。
向かいながらギルマスが一人なのを魔法で確認、執務室へと入室。一秒でも早く終わらせたいマリーは、ノックや許可取りなんて面倒な事はしたくないのだ。
「今日の分の日誌と報告書で~す」
「何時にも増してテキトウだな、また何か有ったか」
「うちの新人のフォールがペット飼いたいとさ」
「寮はペット禁止の筈だがな、説明したか?」
「したような~」
「なら良い。以上か?」
白々しさの応酬。
「以上ですから帰りま~す。お疲れ様でした~」
「待て。例の娘っこの事で話がある」
マリーの顔からお気楽が抜け落ちた。