8話
「おはようございます」
『おはようございます』
マリーの挨拶で毎朝恒例の朝礼が始まる。
「今日もやることは昨日と一緒かな~。火熊の間引きと薬草採取。今日は一班が公休だから代わりに、四班と三班でお願いします。ああ、そうだ、新人二人は午後の戦闘訓練お休みね」
「おっマジか! やったぜ!」
素直に喜ぶグルゥと
「何をさせるつもりだい?」
疑うフォール。
「昨日話した、冒険者用薬草群生地の管理業務です。あそこの管理も私達の仕事だからね。今日からは戦闘訓練と日替わりだからそのつもりで」
元戦闘職の二人にとって、多少きつくても戦闘訓練は薬草採取の憂さ晴らし、或いは癒しであった。
だが今日はその癒しがない。
返事も出来ないほどにやる気が削がれてしまった。
「私からはこれでおしまい。他に何かある人は?」
特に無さそうだ。
「それでは今日も気を引き締めて、怪我や事故が無いように。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
今日もハンター課の一日が始まる。
新人二人は昨日と同じ面子で薬草採取に来ていた。
マリー曰く
「今日は気分を変えて違う群生地だよ~」
しかしやる事は変わらない。
「はぁ。………… 気分転換なんてなりゃしねえ」
「はぁ。………… そもそも本当に気分転換なのだろうか。教官、この群生地、他に何ヵ所あるのだろう」
「フォールは鋭いな、全部で十四だ。つまりは毎日日替わりって事よ」
グルゥとフォールから、揃ってため息が出る。
『はぁ』
「オレ、農作業しに、ギルドの誘いに乗ったんじゃあ無ぇんだけどな」
「奇遇だね、私もさ。………… 騎士団では救えない、弱い人々を守る為に加わったと云うのに」
『はぁ』
再びのため息。
マリーが転生したこの世界に、五月病の概念は無い。だが彼らのそれは、まさしく五月病であった。
こんな時、彼らを慰めたり励ましたりするのは、マリーではない。
「まぁ、なんだ、どこでも一緒よ。外から見える仕事と中でやってる仕事が違うってのはよ。冒険者だの騎士団だのもそうだろ?」
二人供思い当たる節があるのだろう、遠い空を眺めるような眼をしていた。勿論、林の中では満足に空は見えない。
…………
…………
「少し早いがよ、休憩にすっか?」
「私お菓子持って来ました~」
四人で車座になりクッキーをつまむ。
「旨いなこれ」
「このクッキーは何処から?」
「まさかババアの手作りじゃ、」
グルゥが戻しそうな顔をしている。
「ロザリーがくれたのよ、『あなた達に』って」
「え? 誰?」
グルゥとフォールは接点がなく、名前を聞いたのも初めてだった。
「受付課の課長で私の同期。『私の下は大変だろうから』ってお見舞いにくれた。
あんたらちゃんとお礼しときなさいよ?」
二人が頷く。
「しかしよぉ、こればっかじゃあ喉が詰まっちまうな。マリー、何かねぇか?」
「お茶で良い?」
マリーの発言に、ギンシが一瞬、しまった、と顔を歪めた。
そんなことはお構い無しに、マリーはポーチから大きな水筒とマグカップを出し、四人分のお茶を淹れる。
マグカップには薄い緑茶らしき物が注がれている。
「それでは、かんぱ~い」
マリーの音頭で一斉にお茶を飲む三人。マリーは口を着けない。
新人二人の顔が歪んだ。
「うえっ、何コレ」
「少なくとも緑茶ではないね」
正解はハーブティー。それも、ただのハーブティーではない。ヒールグラスのハーブティーだ。
「マズッ!こんなん好き好んで飲むとか、趣味悪!」
勿論、マリーも美味しいとは思っていない。故に口を着けなかったのだ。
「いつからかは忘れちまったけどな。初めて採った薬草をお茶にして飲ませる、って伝統が有ってな」
ギンシが遠い眼をする。勿論彼も美味しいとは思っていない。
「私の頃にも有ったよ」
少なくとも二十年は続く儀式のようだ。
「止めりゃいいのに、バカじゃねぇ?」
グルゥの意見は尤もではある。だが、別段身体に悪い訳ではないこの儀式。
彼は果して、来年、止める側に回れるだろうか。
「だが、言うほど不味くはないだろう」
ストレスでフォールの味覚がおかしくなったのだろうか。
「別段、苦味や青臭さがあるわけではなし、こう云った個性のハーブティーだと思えばそこまで悪い物ではないだろう」
ヒールグラスは葱の仲間だ。葱風味のハーブティーを想像してみてほしい。
…………
…………
「あ! じゃあ私の分もお願い。へーきへーき、口着けて無いから」
「序でにオレの分も! へーきへーき男同士だから」
「俺のも頼まぁ」
押しつけられる三人前の葱茶。
…………
…………
少し長めの休憩になったが、その分疲労も回復していた。葱茶の効果もあるだろう。
ぐぅっと伸びをし、ギンシが立ち上がる。
「そろそろやるか。昼までに終らせんとな」
皆が立ち上がる中、
『ちゃぽちゃぽ』
フォールの腹から水音が聞こえる。
「君達、覚えていたまえ」