4話
松木村に戻ったマリーは村長宅に報告へ寄った。
「と言う事で、村内で三、村外で百十三、計百十六。それから、二百規模の巣穴を三つ崩壊。概算で七百匹のデミゴブを討伐しました。これで松木村周辺の脅威は取り除けたかと。」
「ですが、デミゴブがいなくなった今、この辺りは縄張りの空白地帯です。すぐに別のモンスターがやって来るでしょう。」
「はい、分かっとります。ですが元々この辺は大したのはおりません、大丈夫でしょう」
「まぁそうなんですけどね、一応お気をつけください。ではまた何か有りましたらギルドまで御一報ください。」
会釈をし、村長宅をあとにすると、さっとフライヤーに跨がり舞い上がった。
もう西の空がだいぶ赤く染まっている。早く終わらせたいマリーは全速力でギルドへ飛んだ。
「ただいま~」
「おう、早かったな」
訓練場に降り立ったマリーをギンシが出迎えた。
「七百匹も居たわ。そっちは? もう訓練終わったの?」
「置いてかれたってんであいつら拗ねてよ、ちょい気合入れたったらフラッフラんなってよぉ。早めに切り上げたんさ」
「そう。まだ掛かりそう?」
「二人共ずぶの素人ってぇ訳じゃあ無いんだ、あたぁ実戦で鍛えるのも有りじゃあねぇかな」
「そっか。…………うん、じゃあ明日からはその方向で。業務日誌出したら上がっていいよ」
「お疲れさんです」
「お疲れ様でした」
マリーが更衣室へ向かうのを見送ると、ギンシは日誌を書きに訓練場に併設された、ハンター課の事務室へ向かった。
事務室では新人二人が慣れない日誌に悪戦苦闘中。
「喜べおまえら! 明日っからは実戦だ!」
「やったぜ! っつーかやっとかよ!」
「全くだ。待ちくたびれたよ」
燃える二人の新人は、その勢いで日誌を書き上げる、が。
教育係のギンシに再提出をくらう。
結局彼らが日誌を書き終えたのは、マリーが戻ってくる直前だった。
「あれ? まだ残ってたの?」
「あいつら中々日誌書きに慣れなくてなぁ」
「お疲れさま~」
マリーからホカホカと湯気が上がっている。業務中にシャワーを浴びれるのがハンター課の特権だ。
「待っててやっから早く日誌だ何だの書いちまえ」
「お! 悪いわね~。奥義、分身の術~」
マリーが二人に別れ、日誌と報告書を同時に書いてゆく。
「七百殺ってまだそんな余裕残ってんのか」
「まあね~っと、はいおしまい」
書いていた日誌をギンシに渡し分身は消えた。報告書はマリー自身が持ち、ギンシと共にギルドマスターの部屋へ向かう。
日が暮れ、ギルド内に明かりが灯り始める。寮の夕飯には間に合いそうだ。
風に乗って美味しい香りが漂ってくる。
「今日の夕飯何だろう」
「俺ぁ魚が良いなぁ、川魚」
「川魚…………ムニエル?」
バターの芳しい香りがよみがえる。
「いんや、葉くるみ。酒に、魚、野菜、茸を一晩漬けんだよ。んで、それを何かのでかい葉っぱでくるんで焼くんだ。そすっと中が良い具合に蒸れんだなぁ。旨いんだこれが」
単純な調理法だけに、意図も容易く想像できる。
葉っぱを開いた瞬間の湯気や、酒や魚の香り。
茸や野菜、魚から染み出た上品な出汁。
微かな塩気。
「うわぁああ、それ食べたい! もう葉くるみ以外無理!」
マリーの口内に涎が溢れる。
「ハッハッハッ。そっかそっか!」
「ま、そんなの無いけどな!」
…………
…………
示し会わせたように二人は走り出す。
逃げるギンシは高笑いしながら。
追うマリーは腹を鳴らしながら。
二人の追いかけっこはギルマスの部屋まで続いた。
「失礼します」
「おう、どうした? 息切らして」
「何でもねぇ。ほれ、業務日誌」
ギンシはギルマスと同期な為、かなり気安い言葉遣いだ。
「デミゴブ狩りの報告書です」
ギルマスは先ずマリーの報告書から読んでゆく。
「隣国のエルフか。今何処に?」
「私個人の『トランクルーム』で保護しています」
『トランクルーム』はアイテムボックスの拡大版だ。アイテムボックスは五メートル四方の空間だが、『トランクルーム』は二十メートル四方の空間だ。ちなみにマリーは小さな家を、まるごと一軒収めている。
「壊れてる、か。」
「おそらく、ですが」
「専門医に診せないと判らんか。よし、一旦俺の方で預かる。直ぐ移せるか?」
ギルマスが両手をつきだすと、即座にエルフが乗せられる。
「どうぞ」
エルフが消える。
「よし、俺のトランクルームに移した。後は俺の仕事だ。何か動いたら知らせるからな。行って良いぞ」
「はい。失礼します」
マリーとギンシは退席し寮の食堂に向かう。
「治る見込みは有りそうか?」
「どうかなぁ。男が夢みる性奴隷って具合なんだけど、どう思う?」
「最悪、『リセット』か」
「なるべく見たくないよね『リセット』は」
…………
…………
…………
…………
「よし! 呑みに行くか!」
「残念! 今日はロザリーと先約が有るのよ、たぶん」
「何だ、たぶんて」
ギンシがゲラゲラと、声をあげて笑う。
「ふぅ。そういやぁ、デミゴブ狩りのあたぁいつもだったな」
「そ。嫌なことは呑んで忘れるに限るわ」
「明日寝坊すんなよ~」
ひらひらと後ろ手に手を振り、ギンシはギルドの職員寮に歩いて行った。
「私もロザリー迎えに行こ」
受付課に向かうマリー。
しかし、ロザリーもマリーを迎えにハンター課へ向かっている。
故に二人は曲がり角でばったりと会った。
「まあロザリー」
「あらマリー」
クスクス、クスクス。
芝居掛かったやり取りに、どちらともなく噴き出す。
「呑み行く?」
「もちろん! あっ魚がおいしい所が良いわ」
「何処も一緒じゃない? あっ干物じゃなくて?」
王都近辺に川は無く、海も遠い。王都内で生魚を食べられる店は、極一部の高級店のみだ。
「塩鮭でもいいのよ。つい今しがた、ギンシに川魚料理の話聞いちゃって、食べたくてしょうがないのよ」
「じゃ『熊さん』かしら。あそこお酒は最低限だけど、良い?」
「酔えればなんでも!」
店も決まり、ギルドを出て連れ立って歩く。
ちなみに『熊さん』は愛称ではなく、正式な店の名前である。熊獣人の店主が作る、魚や茸、山菜に獣肉を使った田舎風料理が自慢の店だ。
料理を楽しむ店の為、酒は最低限。麦酒、米酒、葡萄酒、この程度だ。
立地も悪くなくギルドに近い為、二人で行くと直ぐ着いてしまう。
「二席空いてる?」
「カウンターだけね」
酒は少ないが、流石人気店、日が落ちたばかりだと云うのに既に、かなり混雑している。カウンターの二席も直ぐに取られてしまうだろう。
席を確保した二人は料理と酒を頼む。
「乾杯!」
「乾杯!」
ジョッキを掲げると、それを一息に干すマリー。
「飛ばすわね~、つぶれても知らないわよ」
ロザリーが新しく注いでやる。此処『熊さん』では店主が調理に専念する為に、酒はボトルで出てくる。
「最初の一杯だけよ。後はゆっくりやるわ」
事実、二杯目は料理が来るまで乾くことはなかった。
「お待ち。鮭のムニエルと塩焼き」
「ありがとう」
「香りがもうおいしい!」
バターが染み込みしっとり焼き上がったムニエルはロザリーが。
余計な水分が抜け旨味が凝縮した塩焼きはマリーが。
一口食べる。
『旨い!!』
「これは葡萄酒ね!」
「こっちは米酒を!」
ジョッキを端に寄せ、店主から新しいボトルとグラスを受けとる。
食べては呑み、呑んでは食べる。
「これ止まんないわ~」
「熊さん最高ね!」
マリーはともかく、ロザリーも中々良い呑みっぷりに食べっぷりだ。
「美味しかったぁ」
「ギンシさんの包み焼きはもう良いの?」
「うん。川魚は充分堪能したわ、次は肉で!」
「私は煮物かなぁ。今日のは何です?」
『熊さん』では、スープと煮物は日替りで、その他の料理は店主がリクエストに応え作ってくれる。包み焼きはマリーの説明が覚束無く、店主が断念してしまった。
「今日はベーコンと玉葱のスープ。それと、鳥と卵の煮物」
煮物は店主のオリジナルではなく、旅人から聞いたレシピを店主が再現したものだ。
「じゃあそれ一つ」
「私も同じものを、それとパン一つ」
「肉にするんじゃなかったの?」
「鶏肉だってお肉よ~」
話しているうちに煮物が出てくる。
「お待ち。鳥玉煮二つ、パン一つ」
「へ~、初めて見るわこれ。美味しそうね」
大きめの椀にたっぷりとよそわれた煮物。ロザリーは初めての料理に興味津々だ。
ゴロッとした鶏肉、乱切りの人参、櫛切りの玉葱。そして、長く煮込まれしっかり火が通った為に固まった溶き卵。
「親子丼だこれ!!」
「!? ちょっと! いきなり叫ばないでよ」
「あんた、異世界人か?」
「いいえ? 前に聞いた事あっただけ」
マリーはこの手の言い訳に馴れている。
「そうか。あんたが異世界人ならこいつの出来栄えを聞きたかったんだが」
「大丈夫、とっても美味しいわ!」
さっそく一口食べたロザリーが太鼓判を押す。
マリーも一口食べてみた。
日本の親子丼とは明らかに違う。恐らく、ご飯に乗せる事を考えていないのだろう、ほんの少し薄味だ。しかし、長く煮込まれた事により、鶏肉の中までしっかり味が染みている。卵はスープに落としたようにヒラヒラで、トロトロの半熟卵が苦手な人にうけそうだ。
だが『異世界人ではない』と答えたマリーが、ここまで語る事はない。
「ホント、凄く美味しい。きっとその異世界人も美味しいって言うに違いないわ!」
親子丼改め鳥玉煮、店主の腕前で素晴らしい一品だ。
「ところでこれにはどのお酒が合うかしら?」
「何でも合うさ。それに最後は趣味の問題だ」
店主は呑めない人故に、どこかなげやりな対応だ。
マリーとロザリーはそれぞれの酒で試しながら夜は更けてゆく。
「二軒目どうする?」
「もうちょっと呑みたいわ」
こうしてうっかり呑み過ぎた二人は、翌日二日酔いで仕事するはめになった。