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 37話


 あの日から12年の月日が流れ、マリーは今年で47歳になった。

 彼女達は今、実に12年振りにマーロウ王国の王都に来ている。勿論、冒険者ギルド王都東支部だ。


「こんにちは~」

「マリー!? わ~、久しぶり~」


 さすが親友だけあり、気付くのが速い。


「久しぶりロザリー。10年ぶりくらい?」

「ほら、中入って。今お茶用意するから」


 勝手知ったる元職場、マリーは応接室の一つに勝手に入って行く。

 そこへ直ぐにロザリーがお茶を持ってきてくれた。つもる話もあるだろうが、先ずは皆、お茶を一杯頂く。


 暖かいお茶に一息ついたところで、最初に口を開いたのはロザリーだった。


「ところで、そちらの二人は?」

「こっちのお爺が暗珠、こっちの女の子がカサネ」

「あら! 暗珠さんにカサネちゃんね、初めまして、ロザリーです。マリーの手紙はいつもお二人のことばかりよ」


 全くもって緊張等しない暗珠とは対照的に、座り心地の悪そうにモジモジしているカサネ。


「いやぁ、カサネはともかく儂は何を書かれているやら」

「・・・・ はじめまして、カサネです」


 おずおずと挨拶を返すカサネに、誇らしげなマリー。だがつくろった顔の裏にデレデレに溶けた本心が透けて見える。


(すっかり親バカになったわね)

 親友だけあり、ロザリーにはお見通しであった。


「この、お姉さんがいつもママが言ってるロザリーよ」

「ロザリーお姉さんだよ~、こんにちわカサネちゃん」


 二人ともお姉さんなんて歳では無いが、カサネの緊張を解くために敢えて話しに乗るロザリー。その甲斐あって、ほんのすこしだけカサネが微笑んだ。


「ところで、何で急に戻ってきたの?」

「そりゃあ勿論、例の計画の為に決まってるでしょ」

「そっか、やっとあなたの夢が叶う訳だ」

「夢ってゆうか後始末だけどね。

 だからもう行くわ、じゃあ後よろしくね暗ちゃん」


 マリーは三人に手を振り、部屋を出て行った。室内では残されたロザリーが困惑している。


「え!? 後よろしくってどう言う? お二人は一緒に行かなくて良いんですか?」

「マリーから手紙で聞いとりませんか。伝えたと聞いとりますが、」

「・・・・ 聞いてませんね。どう言うことでしょう?」

「儂らが向こうに行っても役に立たんですし、特におもしろい物が見れる訳でもない。

 それならカサネと二人、王都観光でもしようかと。ロザリーさんには案内を頼む手筈だったのですが。あの野郎」

「全くあの野郎ですね!」


 共通の話題で盛り上がる大人達。だがカサネは大好きな母を悪く言われ、人知れず落ち込んでいた。彼女に出来たのは、隣に座る暗珠の裾を引く位である。


「ん? おお、スマンスマン。ママの悪口はいかんな。

 よし! 儂らもそろそろ行くか」


「それではロザリーさん、随分お邪魔してしまいました。儂らはそこの角の宿屋に泊まっとります。夜に顔を出してくだされ、マリーが親しい友人を紹介してくれると言っとりました」

「また忘れてないと良いですね」

「違いない」


 一頻り笑い合うと、二人は部屋を出ていく。


「カサネちゃん、バイバイ」


 ロザリーが手を振ると、カサネが手を振り返す。その仕草がマリーにそっくりである。


「ちょっと人見知りっぽいけど良い子じゃない。案外まともに母親してんのね」


 この評価は見当外れなのだが、今はまだ気付かないロザリーであった。



 ギルドを出た足で、マリーは王都の国立公園に来ていた。

 その公園は聖地と呼ばれ実際に二人の勇者が召喚された場所であるが、観光客に金を落としてもらう為、国が一般に開放している。今もそれなりの数の観光客と、彼らを狙った土産物や名物の屋台で賑わっていた。


 そこに懐かしい面子が揃った。


「お! 来たなマリー!」

「わ! トールにギンシだ! 久しぶり~、老けたね~」

「人の事言えんだろ、お前も」


 この三人も12年振りの再会であるが、旧交を暖めるよりも、先にやることがある。


「じゃ~、早速やっちゃうか」


 マリーが聖地の中心である、泉に向かう。

 泉と言っても縁石で囲まれており、大きめの噴水程度の広さである。


 この泉を通して、地脈には既に術に必要なだけの魔力が注がれ、馴染ませ終わっている。

 後は発動させるだけ。


 マリーが泉の縁に腰かけ、指を浸すと、指先から魔力で編んだ術式が流れ出した。

 それは水面の揺らめきに捕らわれず、螺旋の動きで泉の中心である涌坪に向かっていく。

 術式が涌坪に流入すると、水面が光輝いた。涌坪に流入する術式が増えるに合わせ、輝きも増していく。

 だが、最後の術式の流入で水面の輝きが最高潮に達すると、唐突に光は消えた。

 術が終了したのだ。


「これで終わりか?」

「なんだか呆気ないな」

「こうゆう術なんだから仕方ないでしょ。それよりほら! 懐かしいから呼んだ訳じゃないんだから。各地のゴブとデミゴブの様子探って」


 トールとギンシが手分けして各地のギルドに問い合わせる。

 帰ってきた答えは皆一様に「観測用のゴブとデミゴブが消滅した」である。

 マリーの術は成功したのであった。


「凄まじいな。指定生物消滅術、だったか?」

「ええ。

 ここまで長かった~。でもこれでやっと、肩の荷がおりる」

「お疲れさん」


 この日世界から、ゴブリンとデミゴブリンが消えた。

 マリーは、前世から続く因縁の相手を、今度こそ絶滅させたのである。


 気が抜けたマリーは総身に力が入らず、未だ泉の縁に腰かけたままである。

 周囲は大勢の観光客で賑わっているが、誰もマリー達が行っていた魔術儀式に気付いていない。幻術も同時に使っていたマリーである。三人以外には、普段と何も変わらない聖地だった筈だ。


 人知れず、たった今、世界の歴史が動いた。だがマリーの名前は何処にも残らないだろう。

 儀式が行われた事はギルドが知っている。だが、術者がマリーである事は、親しい友人達だけの秘密である。その為の方便も準備済みだ。


 恐らく、この魔術儀式を世間が知れば「もっと他に滅ぼすべき魔物がいる」と言われるだろう。

 だがこれが、前世から数え、150年掛けて出したマリーの答えである。


 明日からの世界は、ほんのすこしざわつくだろう。それを悪用する奴も出てくるだろう。だが少なくとも、カサネのような被害者はグンと数を減らす筈だ。

 平和になった訳でもない、便利になった訳でもない。人々の懸念が、たった一つ減っただけ。

 とても小さく、だが誰もなし得なかった偉大な功績なのである。もっとも本人にしてみれば、先代勇者の尻拭いや家族の復讐、ただそれだけである。


「はぁ~、やれやれ。

 ・・・・ そうだ! この功績を讃えてさ、国からお金貰えたりしないかな~? 一生遊べる額!」


 偉大な人物が偉大な功績を残すとは限らない。



これが最終話となります。次回もう1話だけ投稿して完結です。

半年以上続いた駄文にお付き合い頂きありがとうございます。もう一週間だけお付き合いください。

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