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 35話


「暗ちゃんお待たせ~。なんかクビになっちゃった~」


 王都でも有名なマリー。そのマリーの発言に、ある者は驚き、ある者は当然だと頷いた。

 とにかく皆がマリーに注目する中、本人だけが楽しそうにからから笑っていた。


「どれ、儂がひとつ話をつけてやろう」

「大分上の方からみたいだから、暗ちゃんでも無理よ。

 とりあえず、観光に割ける時間が無制限になったわ! 何処から行く?」

「・・・・ フッ

 そうじゃな、先ずは宿を取るか。おめえは何時まで職員寮とやらに居れるんじゃ?」


 諦めと呆れを混ぜたように、鼻で笑う暗珠。彼は早々に頭を切り替え、意識を観光に向ける事にした。


「そこは話してない。だから暫くは、なあなあで適当にずるずると、ね。まぁ、半年は粘ってみせるわ」

「大変じゃなぁ、おめえの同僚は」


 マリーと暗珠がふざけている所へロザリーが介入し、何故マリーがクビなのかに話が向いた。

 聞くところによると、冒険者ギルドの上層部が怒っているらしい。勇者を隻眼にした事が原因の様だ。


「ギルドに取り込めそうな戦力。その勇者を傷物にし、力を奪い、ギルド全体の好感度を下げ、勇者にギルドへ対しての不信感を抱かせた。

 これが理由らしいよ」


 勿論、実際に事件の現場であった東支部の職員に、この理屈と処分に納得できる者は居ない。

 だが、理解できないものでも無かった。

 何の不備もない正当な言い掛りは、他所の支部の話であれば気にならない程度には、真っ当であった。


「続きは応接室でしない? ここは人の目多いし」




 マリーに続き、暗珠とロザリーが応接室へ入る。

 ロザリーが手配したお茶をひと口飲んだところで、マリーが切り出した。


「私がさ、クビって言われて大人しく従うと思う?

 私達はさ、上の命令だからって、黙って頷くタマじゃないよね?」


 含みのあるマリーの言葉に、暗珠とロザリーは、ギルマス以下、東支部上層部によるギルド本部への企みを感じた。


「何をするつもりじゃ。危ない事じゃ無かろうの?」


「全然危なくないわよ。抗議文出しただけですもの」

「本当にそれだけ?」


 マリーがお茶を飲みながら頷く。


「・・・・ だとしても紙きれ一つじゃ何も変わらんじゃろ」

「ど~だろ? 『冒険者ギルドは弱者の味方』って理念だけ聞けば、聞こえは良いけど、結局は儲けがあるから経営できてるんじゃない。

 商人並みに鼻が利くと思うよ~。

 私の価値を記した抗議文の威力は絶大な筈~」


 抗議文を使ったギルマス達の企みはこうだ。


 勇者を取り込む為にマリーを切る。

 それはつまり、期待値が高いだけで未だ未知数の勇者の為に、ギルド内に留まらず、世界最強の魔導師であるマリーを切り捨てる、と言う事だ。


 上の指示は『即刻解雇』である。


 本部からの命令が来たのは一週間前。その時点で抗議文を出しており、本部に届くのは一月後。

 抗議文が届き、本部が現状を正しく認識し、手を打った頃には、マリーは既に行方知れず、と言う寸法だ。


 マリー本人も、ギルド職員であることに固執などなく、旅が苦にならない質である。そもそも前世からして放浪の人である。むしろ定住こそが珍しいのだ。


「何でわざわざ手紙なんじゃ? ギルドは通信魔道具持っとるじゃろ」


 暗珠の疑問は尤もである。ロザリーが答え、マリーが補足する。


「命令に対する正式な抗議は、文書以外では認められない事になってるんです」

「つまり、敢えて時間の掛かる方法をとることで、状況を悪化させるのが目的。そうすれば、本部は命令違反と状況悪化を理由に処分を下せるし、反論もできまい、ってね。

 ね、傲慢でしょ?

 今回はその傲慢さを逆手にとる作戦よ!」


「まぁ、作戦はこんな感じかな。

 後は残ってる仕事を片付けて、引継ぎが終わり次第、何時でも辞めれるよ」


 何故か解雇に乗り気なマリー。実は、ギルマスのトールが苦心してくれたお陰で、一応退職金が出るのだ。万年金欠のマリーである。目先の金に釣られたが故、乗り気なのであった。


「マリー、あなた本当にそれでいいの? 退職金って言っても遊んで暮らせる額じゃないでしょ。これからどうするのよ」

「大丈夫よ。偽名で冒険者ライセンス作ってくれるって。しかも最初から高ランク」


 恐らく、この仕事はロザリーが任せられる。

 これでマリーの偽名は東支部上層部だけが把握し、マリーに連絡できるのは東支部の上層部だけ。

 これだけで本部に対し優位に立てる訳ではないが、一つ手札が増えたのは確かである。


「マリー。儂が力になれることはあるかの?」

「あるけど、今は守秘義務で言えない。明後日には辞めるから、そしたら言うね」

「そうか、なら儂は宿を探すかの」

「私の部屋泊まればいいよ。暗ちゃん一人ぶんくらいの余裕ならあるから」


 マリーの部屋には角欠が二匹おり、決して広くはないしベッドが大きい訳でもない。

 故にその晩、マリーと暗珠は一つのベッドに背中合わせで寝ることになった。


「宿取るべきだったの」

「でもウサギかわいいでしょ?」


 ただペットのウサギを自慢したいが為に、暗珠を部屋に泊めたマリーであった。




 明けて翌日、マリーがギルド職員でいられる最後の一日が始まった。


「おはようございます」

『おはようございます』


 毎朝の朝会も、マリーが音頭をとるのはこれが最後だ。


「今日は特に何もないので、いつも通り、通常シフトでお願いしま~す」

「何もないってあんた。課長クビになったって聞きましたよ?」

「耳が早いわね。

 うん、その通り。私今日いっぱいで辞めます。

 つきましては、後任の課長を決めま~す。やりたい人は?」

『は~い』


 手を上げたのは、いずれも問題のある奴ばかりであった。

 当然彼らには任せられない。


「・・・・ え~っと。

 立候補が居ないようなので、私から指名しま~す。ルート君お願い」

「!? ボクが!? ちょっと待ってくれ! ボクはもう権力争いやそれに近い立場はごめんだ!」


 『樽』の愛称で知られるルートは以前、ギルド本部に所属していた。

 そこでは権力争いや派閥争いといった事が日常的であり、ルートも以前は上を目指し、政争に明け暮れていた。だが、ほんの小さな失敗を突かれ問題が大きくなり、有ること無いことでっち上げられ、遂には敗れ、東支部へ飛ばされて来たのだ。


「ここで権力争いなんて見たことある? 私が他人を蹴落としてるの見たことある?」


「俺は課長に蹴落とされました~」


 何人もの手が上がる。


「あれは、新人に討伐服の性能を体験してもらう為にやってる事でしょ! それに今は実際に蹴落とす話じゃないから!」


「じゃあそう言う事だから、お願いね~。へ~きへ~き、私でも出来たんだもん、ルート君ならばっちりよ」

「待ってくれ! 彼らはどうする? 私には無理だ!」


 ルートが指差した先には、立候補した奴ら。


「私もね、彼らと一緒になって馬鹿やったから、彼らに強く出れなかった。

 だけど、ルート君は違うでしょ? ガリガリやっちゃえばいいよ、厳しく厳しく。じゃないと、ルート君の給料が厳しくなっちゃうからね」


 ルートの顔に『それは自業自得では』と書いてあるのを見たマリーは、捲し立てるように反論した。


「見たことある? 私の給与明細。

 奴らの問題行動が私の責任問題になって、私まで給料引かれるのよ。その上自前の減給もあるでしょ?

 見たことある? 赤字の給与明細。

 下までずっと見ていくと、最後に『以上の金額を速やかに払いなさい』って書いてんの! 

 これ給与明細じゃない! 請求書だ!

 ってね。」


 請求書を叩きつけるオーバーアクション付きの言い訳で、マリーはルートの説得を終える事にした。


「とにかく、何か分からない事があったらギンシかミスティさんに聞けばいいからね」

「いや待っ「私からはこれでおしまい、他に何かある人は?」


 ルートは尚も抵抗しようとするが、マリーの魔術で拘束され何も出来なかった。


「それでは今日も一日気を引き締めて、怪我や事故が無いように、よろしくお願いします」

『よろしくお願いします』


 こうしてマリー課長の後任が決まり、明日からのハンター課は、新たに、ルート課長の仕切りとなった。



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