34話
「・・・・ 飽きた」
「・・・・ 儂もじゃ」
首都観光を始めてから、既に二週間が経っていた。
いくら人間の都市と違うと言っても、この都市は観光地ではない。名所や史跡が有るには有るが、旅行者への説明意志が感じられず、見所が少ない。
そもそもエルフ以外の旅行者が殆ど居らず、エルフ達も禁欲的な生活を送っている為、遊び場が極端に少ないのだ。
「そろそろ玄関町戻るか。火熊の大繁殖も近いじゃろうし」
「まさかあの町が懐かしくなるなんてね~」
二人は慣れた手つきで荷物をまとめると、さっさと宿を引き払い玄関町への帰路に着いた。
と言っても、いつも通り職権乱用のフライヤーでの帰路である。
30分もすれば、二人は屋敷の一室で寛いで居た。
「まぁ、戻って来たところで暇な事に変わりはないんだけど」
「どれ、久し振りにパーサレンでもやるか?」
「パーサレン? 何それ?」
パーサレンは所謂ボードゲームである。
「エルフに伝わる伝統的な盤上遊戯じゃ。十種類の駒を使い互いの陣地を取り合い、制圧か王の討伐で勝敗が決まる。後はやりながらでもいいじゃろ」
暇なマリーは当然受けて立つ。だが勝敗は、結果が出る前から明らかだ。
「!? ちょっと! 今の動きおかしい!」
「魔石を入れた駒は動きが変わるんじゃ」
「ちょっと!? 何よ、今の障壁!」
「バリヤじゃ。特定の駒の並びで使えるんじゃ」
「私もバリヤ張ったるわ!」
「おめえ、その駒に魔石入れとらんじゃろ? それじゃ張れん」
一日目は終始この調子で、マリーはルールを知らないが故の敗北を喫した。
だが二日目からは読みの深さで敵わず、一週間の間に一勝もできなかった。
マリーが特別弱い訳ではない。東支部では十本の指に入るくらいには、彼女もやるのだ。そのマリーが手も足も出なかった。
「暗ちゃん強すぎない?」
「儂は仲間内でも中の下くらいじゃった。・・・・ そもそもエルフは長生きじゃからな」
「・・・・ ああ、なるほど。時間がたくさんあるし、層も厚いって事か」
「そう言う事じゃな」
とても敵わぬと悟ったマリーだが、パーサレン自体は気に入った様だ。
東支部には『ボードゲーム会』と言う集まりがあり、マリーもそこの会員である。パーサレンは彼らへのお土産に最適だろう。
彼女はお土産の一つをこのボードゲームに決めると、気晴らしとお土産の調達を兼ね、ぶらぶらと町歩きに興じた。
そうしてしばらく散歩や買い物を楽しんだマリーは、急に思い立ちギルドへ足を向けた。
ただの気まぐれである。
ギルドでは職員達が慌ただしくしており、マリーは邪魔にならぬよう隅のベンチに腰かける。其処で落ち着くのを待ちつつ、喧騒に耳を傾け情報を集めた。
聞くところによると、どうやら火熊の大繁殖が始まったらしい。落ち着いてから確認を取ると、午後にでもマリーに連絡をとるつもりであったらしい。
マリーはこれらの情報を、夕食の席で話した。
「そうか、いよいよか。どれくらい掛かるんじゃ?」
「捕獲作業自体はいつもの応用だから。
・・・・ たぶん、午前いっぱいかな。昼には戻ってくるよ」
「そうなると、明日中に帰るのか? 折角じゃ、もう一晩泊まって行かんか?」
「一晩だけよ? 私には温泉巡りって言う予定があるんだから」
「また寂しくなるな」と暗珠の呟きを合図に、二人は席を立った。
マリーが明日の準備に寝室へ引っ込むと、その日はもう二人が顔を会わせる事はなく、二人が次に顔を会わせたのは、翌日の朝食の席であった。
「いよいよじゃな、マリー。儂も手伝いたいがの、今日は用事があるんじゃ。昼には間に合わんかも知れん、気にせず昼飯食っとれ」
50年も寝こけて何の用事だ、とマリーが茶化す。
「よし! 行きますか!」
「応よ!
・・・・ まぁ、儂は気合入れんでも良いんじゃがな」
二人はそれぞれの用事を片付ける為に、一緒に屋敷を出た。
そして宣言通り、マリーは午前中で火熊の捕獲を終え、屋敷に戻ってきた。暗珠もまた宣言通り昼には戻らず、帰ってきたのは日が沈んでからだった。
帰って早々暗珠は、マリーと屋敷の全ての使用人を集めて言った。
「儂もこやつに着いてマーロウ王国行くことにした。そこでお主らは今日で解雇じゃ。
今までよう尽くしてくれたの。ありがとう」
『え!?』
マリーも含め、一同初耳である。
「儂もマーロウ王国へ行く。お主らとは今日で終いじゃ」
何度も同じ話を繰り返し、皆が冷静になるのを待つ暗珠。
使用人達が落ち着きを取り戻した頃合いで、暗珠は一人一人言葉と握手を交わしたが、中には泣き出してしまう使用人も居た。
皆に退職金の入った袋が行き渡る。
暗珠は今日一日、資産の管理に出掛けていたのだ。既に屋敷も売り払っており、使用人達も一週間以内に出て行かなければならない。
「主様、喩え解雇されようとこのシンターサ、何処までもお供致します」
「要らん!」
「そんな事おっしゃらずにどうかお側に「しつこい! このカレーライスが!」
生涯を掛けて付いて行くと、決して折れない家令に業を煮やした暗珠。
拳を振るいうるさい家令を黙らせると、縛り上げたうえで自室に投げ込み、やっと解放されたと伸びをした。
それから、簡単な送別会を開いた暗珠達は、多いに語り、飲み、別れを惜しんだ。
翌日の朝、荷物をまとめ終えた数人の元使用人達と共に、暗珠とマリーは屋敷を後にした。残りの者達も一週間以内に退去できるだろう。
「そう言えば、私、退職金貰ってない」
「おめえは儂の使用人じゃ無いじゃろ」
あの袋には、一年間は遊んで暮らせるだけの金額が入っており、常に金欠のマリーにはたまらない物であった。
そんな風に帰りの道中も、ふざけた会話や温泉巡りをしつつ、マリーと暗珠の二人はマーロウ王国の王都へ帰ってきた。
「案外懐かしいもんだね、この喧騒も」
「うむ、やはり人の町は活気に溢れておる。セフィリアとは大違いじゃ」
エルフの町にも活気はあった。だが人間の町程、騒がしさは無い。暗珠にはどうやらこちらの方が合っている様だ。
「よし! 先ずは観光じゃな!」
「よ~し! 案内は任せて! って行きたいところ残念だけど、先にギルドに報告しないと。適当な理由つけて休み貰ってくるから、観光は明日以降ね」
マリーは暗珠を伴いギルドへ入る。
「ただいま~」
「あら! お帰りマリー。そちらの方は?」
「見ての通りの、エルフの爺さん。
そうだ! お土産はキッスとハグのどっちがいい?」
「食べ物でお願いしたでしょう?」
「ロザリー相変わらず即物的!」
マリーは一通りじゃれつくと、暗珠に手を振りギルマスへ報告に向かった。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「いや、儂は友人に付いて来ただけじゃ」
「そうですか、では此方へどうぞ。今お茶をお持ちします」
「儂は此処が良い。もう少しこの活気を見とりたいんじゃ、良いかの?」
既に朝のラッシュが過ぎ、活気と言える物はない。だが暗珠には十分であった。
大通りに面した東支部は人の行き交いがよく見え、依頼人や冒険者がちょこちょこと表れる。故郷のギルドでは見慣れぬ光景であった。
たっぷりと喧騒を楽しみ、昼時が近くなった頃、マリーが戻ってきた。
「暗ちゃんお待たせ~。なんかクビになっちゃった~」
『え!?』




