32話
「ようやくエルフの国『セフィリア王樹同盟国』に到着っと」
三泊四日の温泉旅行を楽しんだマリーは、体力は万全であるものの、しばらく仕事から離れていた為に労働意欲が尽きていた。
だがそうも言っていられない。王都では今も、同僚達が魔物の監視に苦心しているのだ。
「さっさと宿を決めてギルド行きますか」
マリーなりに気合いを入れて歩き出す。
宣言通り適当な宿にさっと部屋を取り、マリーはギルドへ向かった。
「おはようございます。冒険者ギルド、マーロウ王国王都東支部のマリーです。こちらのギルマスに会いたいのですが、よろしいでしょうか」
東支部の受付嬢も美人揃いであったが、エルフ達はやはりひと味違う。特に肌が違う。男女問わず、透き通るように綺麗な肌をしていた。
「・・・・ はい、確認が取れました。ご案内します」
美人受付嬢の後を黙々と着いて行くマリー。
エルフの国とは言え、大元が同じギルドである。施設内の構造や景観は東支部となんら変わり無い。つまり、見処がなくつまらないのだ。
ギルマスの部屋まで来ると、受付嬢は戻っていった。
度々呼び出され叱られているマリーである。何処の支部だろうと勝手知ったるとばかりに、気負いもなくノックをし、ドアを開けた。
「失礼します。マーロウ王国王都東支部のマリーです。あなたがギルマスですか?」
「・・・・ マナーがなってないな。どうやら君の所の支部は人手不足らしい」
「え!? 分かるんですか!?
そうなんですよ! うちは南支部に人を取られてて、今は夜間営業ができてないんですよ。
流石ギルマスでいらっしゃる! まさか一目で見抜かれるなんて!」
エルフ国のギルマスは内心ため息をこぼした。嫌味も通じない頭の人材を寄越された、と。でなければ、媚びやゴマすりが得意な輩だ。
どちらにしろ、ろくな者ではない。
彼女のギルド、ギルマスはエルフを嘗めているのか。或いは、問題を解決するつもりが無いのか。
詳しい話はこれからだが、向こうのギルドから誠意が感じられなかった。
「遠路はるばる何用ですか。無駄話をしに来た訳ではないでしょう」
「単刀直入に言いますと、こちらに生息する火熊を捕獲させていただきたいのです。数にして、百匹程でしょうか」
「・・・・ 是非理由も話してもらいたいですね」
人間の客の話は、バカげているとしか言いようがない物であった。
用もないのに勇者を召喚し、問題を起こした勇者を逮捕。その後勇者は謝罪代わりに魔物の生態系を破壊。
全くバカげている。
そもそも魔物の三竦みなど、一番対処しやすいのが残るように崩してやれば良いではないか。
客にそう言ってやると、情けない笑みを貼りつけ、
「それがなかなかどれも似たり寄ったりで、」
などと宣いやがった。全くふざけている。
我らエルフは魔力に敏感だ。この客がとてつもない魔力量なのは感じとっている。たかが火熊と三竦みになる程度の魔物、この客に滅ぼせぬ訳が無い。
まぁいい。ちょうど火熊の大繁殖の時期が近い。こいつにやらせよう。高々百匹、間引きの三割程度の数だ。
「なるほど、火熊百匹の捕獲許可しよう。ただし、三週間後に火熊の大繁殖が始まる、それまで待ってもらう」
「本当ですか!? ありがとうございます!
いや~、交渉が上手くいって良かったです。やっと肩の荷が降りました~」
まだ肩の荷を降ろすには早いだろうに。
「それでは私はこれで。
あぁ、そうだ。もう一つ。
『灰色の魔導師』って本の作者がまだ生きてると聞いたのですが、本当でしょうか?」
「ええ。それが何か、」
「いえね、私の上司がファンらしく、『セフィリア行くならサイン貰って来てくれ!』なんて言ってまして。いや~、お恥ずかしい話で」
今さら何が恥ずかしいのだ。こんな頭の調子では恥などさらし放題だったろうに。
「地図を渡しましょう、そこに彼の住まいが載っている。因みに、『灰色の魔導師』を読んだことはありますか」
「一度目を通した事がありますが?」
「もう一度よく読むべきです。我らエルフが尊敬する、数少ない人間の一人です」
「なるほど、暇な時にでも読んでみます!」
暇だろう、少なくとも三週間は。
意気揚々と出ていくマリーを、エルフのギルマスは冷めた眼で見つめていた。だがやがて、愚かな人間の記憶を消すように眼を瞑り、開くと、遅れを取り戻す様に仕事に励んだ。
「さて、後は観光かな」
交渉などと言うほどもなく話し合いはトントン拍子で進み、それに加え、ギルマスの親切な応対にマリーは肩透かしをくらってしまっていた。
しかしさっと切り替え、しばらくは観光を楽しむことにしたマリー。
「それじゃあ、何処から行ってみようかな~」
だが、地図を開きガックリ肩を落とすマリー。
地図には『灰色の魔導師』の作者の家が殴り書きのような、大きな赤丸で記されていた。
「あぁあ~、めんどくさい。
けど、頑張ろう! のんびり観光するために!」
マリーは地図を頼りに歩いていく。
以前来たことがあるはずだが、それは前世の話。大昔の事だ。
この町はエルフ国の中では人間的な方で、建物がレンガや木造、石積とマリーにも馴染みのある素材で建てられている。だが千年もたてば、見覚えのある景色などそうそう残ってはいない。
そのうえいくら人間的とは言え、エルフ国の町。緑の数が人間の町に比べ圧倒的に多い。これでは当時の面影など残っている訳が無い。
「ここかな?」
その家は、この町唯一の伝統的なエルフの家であり、大樹をくりぬいたような古式ゆかしい建築様式で建てられていた。
「・・・・ 随分儲けてるみたいね~、やだなぁ、知り合いが成金ぶってたら。
こんにちは~!」
マリーの声に、家人が応対に出てきた。
彼はかつての相棒の血縁だろうか。どことなく相棒の面影を見いだせる。だが当時の相棒よりも圧倒的に若い。
「当家に何か? 女人間」
おそらく、ギルドでは、人種差別することなく平等に接するよう、教育が徹底されていたのだろう。目の前の彼とは大違いだ。
だがマリーにとって彼の対応は、千年前と変わらない懐かしい物であった。
(とは言え、あのおジィはもっと人懐っこかったけどね)
「こちらに『灰色の魔導師』の作者の方がお住まいと聞きまして、当時のお話をお聞かせいただきたく来たのですが、
あ! 私、冒険者ギルドから来ました、マリーと申します」
若いエルフはマリーをジロリと眺め品定めすると、家の中へと戻って行く。
「・・・・ フッ、暗珠様は中だ、人間ごときが話せると言いな」
(この人間をバカにした感じ、懐かし~)
マリーが案内されたのは、応接間でも暗珠の私室でもなく、寝室であった。
大きなベッドに居たのは、かつての面影など残らない、カラカラのミイラのようなエルフであった。
「この御方が暗珠様だ。私が先代から家令を引継ぎ20年が経った。その間一度もお目覚めにならない。
耳元で合言葉を告げればお目覚めになるようだが、女人間、貴様が知る筈もない。いつの日か自然にお目覚めになるのを待つんだな」
「なるほど~、合言葉ですか。試してみても構いませんか?」
家令エルフが鼻で笑い、マリーはそれを許可を得たと好意的に解釈し、様々な言葉を試して行く。
だが一つも当たらない。
「わかりました! 実は合言葉なんて存在しないってパターンですよ! これは!」
「誰もが一度は試し、落胆する。ありふれた発想だ」
家令の言葉に試す前から落胆するマリー。
「何かヒントはないでしょうか?」
「古い友人なら分かる筈だ、との事」
「古い友人ねぇ、」
マリーも一応古い友人である。ただし前世ではあるが。しかしマリーには、合言葉と思わしき言葉がわからない。思い当たる節もない。
「おそらく彼らしか知らない秘密、それが合言葉だろう。だが残念ながら、暗珠様の友人は皆亡くなっている。
もはや自然に目覚めるのを待つのみ。貴様も諦めて帰れ、女人間」
「秘密、合言葉。・・・・ ああ! なるほど。
すみません、最後にもう一度だけ試しても良いでしょうか?」
「フッ、無駄な事だ」
またも好意的に解釈したマリーは、ミイラの耳元へ口を寄せると、家令エルフに聞こえぬ様に小さく囁いた。
「しらたま」
ミイラの瞳がバチリと開いた。
「何!? 貴様! 何をした!?」
「見ての通りです。正しい合言葉で目覚めたのでしょう」
家令エルフが慌ててミイラの介助にあたる。
「■■■■」
「おい!貴様! 水だ! 水を持って来い!」
ミイラの掠れた声を的確に翻訳し、家令エルフはマリーに指示を出していく。
「これで良いですかね?」
それは魔術で作り出した水の玉であった。
マリーは空中に浮かぶ水の玉を、フワフワとミイラの口元に移動させる。
するとミイラが勢いよく水を飲み始めた。
水の玉一つでは足りず、マリーは要求に従い幾つも作り出しては口元に運んだ。
やがて、浴びるほど水を飲んだミイラは潤いを取り戻し、かつての姿を取り戻した。
そこに居たのは、当時より大分老け込んではいたが、かつてのマリーの相棒。
エルフの武神と呼ばれた『暗珠』その人であった。




