31話
「このあとどうする?」
食後、ロザリーが聞いてきた。
「う~ん、昼間ざっと見て回ったけど、あまり遅くまでやってる店って無いみたい。温泉観光地って言うより、湯治場って感じ。
だから、また温泉入ろっかなって。今度は露天行ってみるつもり~」
「いや、そうじゃなくて」
マリーは話が見えず、首を傾げている。
「まぁ良いわ。私も露天行くわ」
「よし! 今すぐ行こう!」
マリーはロザリーの手をグイグイ引っ張る。だがロザリーはびくともしない。
マリーも本気で力を入れている訳ではない。ただじゃれているだけである。
「もう少しお腹落ち着いてからでもいいでしょ?」
「!! しまった! 遊ぶもの何も持ってこなかったわ!」
「別にいいでしょ、ゆっくりしましょうよ」
「まぁ、ロザリーがそう言うなら。
っ、ああ~~~」
マリーは座椅子から座布団を外し、それを枕に横になった。
「ちょっと! お行儀悪いよ!」
「へ~きへ~き。この畳って言うのはマットレスみたいな物なのよ。
つまり、大和様式の真髄はごろ寝にあるのよ!」
「・・・・ ホントに? 良いの?」
「もちろん!」
「じ、じゃあちょっとだけ、」
ロザリーもマリーに倣い、座布団を枕に横になった。
「因みに、食べてすぐ横になると牛になるって」
「危なっ!!」
ロザリーが意外な腹筋の強さを見せ、飛び起きる。
「迷信に決まってるじゃない」
「だとしても、よ。あなたも油断してられる歳じゃないでしょ。崩れる時は一瞬よ?」
「わたしぃ~、食べてもぜんぜん太らないんですぅ~」
猫を被った若い女の様に間延びした口調、それがロザリーの神経を逆撫でする。
衝動のまま、座布団を投げるロザリー。見事、マリーの顔に当たった。
「もぉ~」
「牛になったつもり?」
「・・・・ あれ? 本気で怒ってる?」
どすの利いた声にマリーは、ロザリーが本気で怒ったと感じた。だが、それはロザリーの演技であった。
ふざけ過ぎるきらいがあるマリーとのつきあいは、少し辛辣な位でちょうどいい、とロザリーは心得ている。
「ロザリー? おーい」
ツーン、とそっぽを向くロザリー。
それを見たマリーの感想は(子供っぽい演技、かわいすぎ!)であった。
これでロザリーの意図に気づいたマリーだが、それを口に出さない程度の分別は彼女にもあるのだ。
「ごめんなさい、ロザリー。あなたがこんなに怒るだなんて思わなかったの。
お詫びに私が牛になったら私の乳絞りしていいから」
「それはあなたがしたいだけでしょ!」
「ばれた?」
互いに相手の手口は分かっている。故に、仕掛けたり仕掛けられたりしながら、じゃれて遊んでいるのであった。
だが、今日のロザリーはこれ以上遊ばないようだ。結局彼女もマリーに倣い、ごろりと横になった。
「あれ? もうおしまい?」
「なんか疲れた。たぶんあなたのせいよ」
「じゃあ、マッサージでも呼ぶ?」
「マリーが大人しくしてくれたら、それで十分よ」
それから30分程、二人はごろごろしていた。
「ロザリー、そろそろ行く?」
「そうね、このまま寝ちゃいそうだったし。行こっか」
露天風呂は宿の奥、一際静かな場所にあった。
かけ湯をした二人は早速湯船に浸かる。
「ぅあああ~、しみるぅ~、暖かい~」
「気温差よね~。この辺りは夏でも夜はけっこう涼しいし。これは癖になるわ~」
一旦肩まで浸かり、熱くなったら半身浴、これを繰り返し、二人は結構な時間を露天風呂で過ごした。
「見て~、星がきれい」
「ほんと~。ねぇ、マリーは何か星座分かる?」
「ぜ~んぜん。星座はさっぱり」
「そう。私もさっぱり。
・・・・
子供の頃ね、夜中こっそり起きて、窓ガラスに線を引いてオリジナルの星座作って遊んだわ。マリーもした?」
「ん~ん。実家は田舎で窓ガラス無かったし、孤児院にはあったけど、子供が近づくと怒られたから。たぶん割られるって思ってたのよ」
マリーの発言には語弊がある。主に叱られていたのは、マリーを含めた悪ガキ三人衆だけである。
「そうそう、ステンドグラスが有ってね。あれを外して、魔術を使って薄~く削ぐのよ。で、また戻してってのを繰り返して、結構な量の色ガラスを手に入れてね?
それを砕いて天井に貼り付けた事があったわ」
「・・・・ 子供の頃から馬鹿ばっかりしてたのね」
「それをね、魔術で光らせて星空だ、ってね。
ばれて大目玉よ。ひどいよね~、小さい子が夜中起きても怖くない様にやったってのに」
「ひどいのはマリーでしょ。ステンドグラスをちょろめかすかなんて。バチが当たるわよ!」
「ところがね、四半世紀経ってもまだ当たらないんだな~、これが。もうね、私うっかり避けちゃったんじゃないかな~、って思ってるところよ!」
ふざけた物言いは無神論故か、それともマリーだからか。
ここでいつものロザリーならため息をつく頃なのだが、何か別の事に意識を向けていた。
「ロザリー?」
「しっ! 何か聞こえない?」
「あら? ロザリー聞こえるの? この笛の音」
「そうそう。これなんて曲かしら、マリー何か知ってるの?」
「ここ、精霊の集落に近いのよ、たぶん。それで精霊の子供達が遊んでるんじゃない?」
ロザリーは以前マリーから聞いたことがあった。精霊の子供達は満月の夜に笛を奏でる、と。
「じゃあ明日は晴れるのね」
「さあ? それを占ってるとは聞くけどね」
「上がろっか」
「うん、精霊の子は恥ずかしがりって言うし」
子供達の笛の音は名残惜しいが、二人は露天風呂を後にした。
「ビールビール♪ 風呂上がりの一杯♪」
「せっかくの素敵な曲の余韻が台無し」
「まぁまぁ、そんなこと言ってもロザリーも飲むでしょ?」
グラスを受け取ったロザリーも、マリーと一緒にグイっと煽る。
よく冷えたビールが火照った身体を貫き、弾ける気泡が咽を刺激する。二人の総身をぞわりと鳥肌が覆った。
「っカ~! これだよこれ! この為にお風呂入ってるんだから!」
「大袈裟ね~。まぁ分かるけど。
よし! 部屋で飲み会といきますか!」
「おー!」
他の客が居ないのをいいことに、二人きりの飲み会は夜遅くまで続いた。
当然、酒に弱いマリーは翌日は二日酔いであった。
「ロザリーだけズルい」
「え!?」
「大声やめて」
最上位異空間収納魔法「アナザーワールド」内を通りロザリーを無事自宅へ送ると、次の温泉宿を目指す為、マリーは再びアナザーワールド内へ入って行く。
この魔法の内部は時間が止まっている。これを利用し中で休めば、わざわざ二日酔いのまま移動する事も無いのではなかろうか。
だがマリーにその気は無いようで、時間の止まったアナザーワールド内をフラフラと飛んで行くのであった。




