30話
風呂上がりの二人が部屋で寛いでいる。
髪もすっかり乾いた頃、仲居さんがやって来た。
「もう少しでお食事お持ちしますが、よろしいですか?」
「はい、お願いします」
仲居さんが出ていった後でロザリーがこっそりとマリーに尋ねた。
「ちょっと! あなたお腹平気なの?」
「さっきトイレ行ったときついでに、ね?」
マリーと共に居るとため息が増えるロザリー。
「まぁ良いわ。
それより、この宿が安い理由よ。この宿って何があるの?」
「へ~きへ~き、大丈夫。そっちもさっきトイレ行ったときに解決済みよ」
「それでも一応教えて」
「実は、いわゆる幽霊って奴が居たの。さっきまでね。でももう潰したから、」
「マリー、あなた、除霊も出来るの?」
「私だけじゃないよ、魔導師はみんな出来るわ」
この国で除霊と言うと、高位の神官をはじめ、徳の高い神父や牧師が専門と相場が決まっている。
そしてそれは、幾つもの行程を経た複雑な行為なのだ。一種の儀式と言っても過言ではない。
『一介の魔導師達に出来るわけがない』 それがこの国の常識であり、教会の隠したい事実でもあった。
故に、教会関係者以外の除霊は禁じられている。だが、あくまで教会が禁忌としているだけで、法的な罰則はない。
「それって、魔導師はみんな信心深いって事?」
「全然。私に至っては無神論者よ」
「意味がわからない。無信心なあなたがどうやって除霊するって言うの」
「魔物と一緒よ。
結界に閉じ込めて、浄化魔法を掛ける。これだけ」
「神に祈ったりは? しないの?」
「教会ってね~、一種のショービジネスなのよ。
神父だの牧師だのはエンターテイナー。
神の奇跡に除霊や悪魔払い、とどのつまりは彼らの造るショーなのよ。
みんなそれを信じちゃってる。でもそれが悪いって事じゃない。
それは彼らが超一流の証よ。
でも、作り物、舞台、演劇。創作である以上、線引きは必要。みんなそこが出来てない。
だからこそロザリー、さっきの発言が出てくるのよ。無信心がどうのこうのってやつ。
正直ね、神の奇跡は魔術と奇術で説明がつくし、除霊や悪魔払いも魔術で十分対処可能。祈りとか祝詞とかは必要無いです」
「教会が魔導師を嫌ってる理由がわかった気がするわ」
教会が演出する神秘のタネを、魔導師達は知っている。そしてマリーのように口の軽いのが大衆にばらしてしまうのだ。
これでは神の存在を謳う教会は堪ったものではない。
「まぁ一理あるかもね。
そもそも、自分達のショーを信じさせようとする教会。
教会の話、ショーを、疑いもせず鵜呑みにする、大衆。
実利だけを追い求め、無粋にも教会のショーを否定する魔導師。
誰が悪いとかじゃなくて、この三角形、いや違うな」
マリーの思考がずれ始め、その頃からロザリーは聞き流す態勢に入った。
「教会は大衆の信仰心が欲しく、魔導師は実利が欲しい。
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・・・・
価値観の違いから、求めるものが違って見えるけど、結局は自分達を認めて欲しい、つまり自己顕示欲って事? 違うな。認められたいと言うより、受け入れて欲しいって感じの方がしっくりくる。
つまり、大衆の一部になりたい? 教会と魔導師が? 何故?
人間が群れをつくる生き物だとして、より大きい群れに入りたいのは人間の本能だとして、じゃあ何故大衆の一部に? 取り込むならともかく。
教会も魔導師も強い力を持っている。群れの長の方が自然。では何故?
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・・・・
彼らはその強い力にこそ、コンプレックスを抱いているとしたら?
恐ろしい力を持った彼らは異端である。大衆から弾き出され、迫害され、傷つき、孤独になる。
では、彼らは力を捨ててでも大衆になりたい? いや、彼らは力を捨てない。捨てられない。
だからこそ、大衆に受け入れてもらおうと、教会は力をショーとして見せ、魔導師は知識として見せる。
それはつまり点数稼ぎ、もしくは、媚を売っている。大衆の興味を引くために。
有限のものを取り合う二つの集団。そりゃあ仲も悪くなる。
つまり彼らが欲しいのは、異端である己らを受け入れてくれる優しい場所。
だが、そもそも大衆はどちらも既に受け入れている。
問題の本質は、彼らの中にある『己は異端である』というコンプレックスにあるのでは?
・・・・
・・・・
いや、おかしい。魔導師はともかく、教会が自ら『己は異端である』何て考えるか? やはり教会のは自己顕示欲なのではなかろうか。
彼らは多くの国で王家、つまり国家の中枢に食い込んでいる。何故神を信じ、理想的な人間であろうとする者達が権力に寄り添う? それとも信仰とは名ばかり、権力を欲しているのか?
確かに、多くの国で国主は世襲。赤の他人が、王や王家に近づくことはできない。家臣団も世襲が常。
だが、『神の名の元に王権を認める』と言う教会の誘い。教会が持ちかけ王家がそれを受け入れた場合、王家は王権を確かなものとし、教会は王権を授ける事で精神的に王家の上に立てる。
これを互いに利とすれば。
教会は血筋によらず、最高の位置まで上り詰める事ができる。
教会は国王ですら見下ろし、かつ、自分達の上には居るかどうかわからない神。
奴らは気分的には、世界最高権力者のつもりではなかろうか?
度々、横柄な神官を見かける。自分達を、『世界最高の権力者集団』と位置付けているのであれば、彼らの態度も当然なのかも知れない。
教会は自己顕示欲、魔導師はコンプレックス、それが大衆への接し方に表れている?
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・・・・
教会は大衆を見下ろし、信仰心と言う形で自分達を持上げさせようとしている。
魔導師は大衆にすら見下されていると感じ、同じく大衆を見下している教会の本質を伝え、教会を貶めるのに一役買い、大衆の仲間に入れてもらおうとしている。
仮にこれが本当なら、魔導師が教会の足を引っ張る形になる。
教会側もこの構図を神話に当てはめ、自らを天上の神、魔導師を地下の悪魔と蔑む。
魔導師が悪魔の契約者なんて呼ばれたりするのは、これが理由か?
ともかく、一方は足を引っ張り、一方は蔑む。
そりゃ仲良く出来るわけがない」
マリーの独り言が止んだ一瞬の頃合いを見て、ロザリーが呼び掛ける。
「終わった? もうご飯並んでるよ」
「あれ? いつの間に」
「マリーがぶつぶつ言ってる辺り、」
「・・・・ まぁ良いわ、食べましょ」
食前のお祈りするロザリー。彼女はそれなりに敬虔な信者である。と言っても、マリーの無神論を否定する程敬虔な訳でもない。よくいる普通の人だ。
「相変わらず食前のお祈りしないのね」
「うん、まぁね」
「無神論者でもこれくらいはしてもいいんじゃない? 一応教会育ちでしょ?」
正確には教会が運営する孤児院育ちである。
「その頃もしたこと無いわね。なんって言うか、苦手なのよね」
「お祈り? もしかして、魔導師だからお祈りすると頭いたくなるとか?」
「そんなお馬鹿さんな俗説じゃ無くてさ、」
「? じゃあ何?」
「なんかこう、お祈り全般? って言うか。とにかく苦手なのよ、一人でぶつくさ言うのって」
・・・・
・・・・
「ごめん、もしかして今のって笑いどころだった?」
「そんなつもりで言ってないです」
ずっと一人でぶつくさ言ってたマリーが言っても説得力は無かった。




