28話
早朝から出勤していた新人班は昼前に終業を迎えた。各々の業務から戻ってきた他の課員達に混じり、お昼ごはんを食べに向かう新人班。
だが、マリーだけは別であった。
ギルマスに呼び出されたのだ。当然、飲酒の件である。
「お前、朝っぱらからウイスキー呑んでたんだってな」
「ちょっと冷えてたので、ウイスキーをほんのスコッチ」
ため息をつくギルマスのトール。
「マリー、俺にも庇ってやれる限度ってのがあってな?」
「つまり、もう限度いっぱい、と?」
「はぁ、
お前には罰則として、特殊な仕事をしてもらう。
何かと言うと、」
「分かった! あれだ!
エッチなやつだ! そうでしょ?
絶対嫌!!」
身体を捻り隠そうとするマリー。明らかにふざけている。
「はぁ、
いいか? お前には『セフィリア王樹同盟国』エルフの国に行ってもらう。そこで火熊100匹調達してこい。
それと、ついでだから例の娘っ子の親も探してこい。いいかげん、リセットの件も片付けたいだろう、お前も」
トールの話す業務内容にげんなりするマリー。彼女は交渉のような面倒な仕事は苦手なのだ。
「・・・・ 私より適任なのが居るでしょう?
それとも、誰かつけてくれるの?」
「いいや、一人で行ってもらう。
今日は十日だな?
明朝出発し14日着、の予定だ。向こうの支部にはそう連絡しといたから、着いたら顔出せ」
(ゆるゆるの日程だな~、温泉巡りでもしながら行きますか)
以前響山の温泉に浸かったところ、温泉の魅力に気づいたマリー。あれ以来温泉旅行の機会を探っていたのだ。
「はぁ、しょうがない。
わかりました~、明朝セフィリアに向け出発します。
それでは、私はこれで。失礼します」
嘘くさいため息をつき、ギルマスの前から辞するマリー。だが、話が終わったにも拘らず、何故かトールに引き留められた。
「まぁまぁ、ちょっと待て。
実はな、何の宛もなくお前に行けってんじゃないんだ。
たぶんだが、お前の昔の相棒生きてるぞ。そいつを頼ってみろ」
「昔の相棒って言うと?」
「ブラックパールだったか?
千年前、灰色の魔導師の相棒だったエルフの武術家。長いからって暗珠を名乗ってたって言う、」
マリーが珍しく、口を開けポカンとしている。
そうして衝撃の発言に脳が追い付くと、捲し立てるように口を開いた。
「いや、ないでしょ!?
だってあの人千年前の時点で500歳越えてたもん!
生きてる訳ないって!」
「・・・・ この本知ってるか?」
トールが取り出したのは『灰色の魔導師』と銘打たれた一冊の本。
この本はマリーの前世の、賢者もしくは大魔導師と呼ばれた男が後にとった姿、灰色の魔導師の活躍を描いた歴史小説である。
初版は900年前であるが、今もって売れ筋の一大ベストセラー。
当然、マリーも眼を通した事があり、その内容は「ほぼ事実と変わらない」と、灰色の魔導師であったマリー本人のお墨付きである。
「実はこの本な、ときどき版が新しくなるんだが、その度に後書きが変わるんだ。その内容が作者本人っぽいんだよな。
しかも本編は当事者しか知らないような事も書いてんだろ?
・・・・
マリー、これを書いたの、お前の相棒なんじゃねぇかな」
この時のマリーの感情を一言で表すと、『探偵に追い詰められる犯人』であった。
「だ、だとしたら作者は1500歳のエルフって事よ?
いくらエルフでも無理でしょ!?」
「エルフってのは、人生に飽きるまで生きられるらしいからな。理屈の上じゃ、可能だろ」
「いや、でも、」
「死んでて欲しかったか?」
「・・・・ それは違うけどさ、」
「なら会ってこい。
案外、向こうもそれを期待しての作家活動なんじゃないか?」
「でも今の私女だし! 『死の間際、転生して女の子になる術でも使ったんじゃ、』とか思われたら!
それに前世と違って今の私、そうとうちゃらんぽらんに生きてるのよ? 恥ずかしくて顔会わせらんないって!」
「マリーお前自覚があったんか!」
どうやらマリーはちゃらんぽらんな自覚があるらしい。
トールが心底楽しそうに大声で笑う。
「・・・・ はぁ~、笑った笑った。
・・・・
にしてもちょうど良い。自覚があるなら遅くねぇ、今からでも改めたらどうだ?」
「それは無理!」
即答するマリーに、苦笑するしかないトール。
「まぁいいや。
とにかく、ちょっと探してみろ。もし本当に生きてて、お偉いさんに口利いてくれんなら儲けもんじゃねえか」
「行ってこい」
トールの説得に応じず、未だ渋るマリー。
「気が乗らねぇのは分かったけどよ、もう予定も組んじまってる。
それに大きい声じゃ言えんがな、誰の為に緩い行程たててやったと思ってんだ。少し羽を伸ばしてもいいんだぞ? 旅費はギルド持ちだしよ」
「そこまで言ぅんなら、しょうがない!
万事私に任せなさい!」
「そうか!
じゃあもし作者が見つかったらよ、俺とギンシの分サイン頼んでくれ!
頼むな! な!」
「さてはそれが本命だな?」
「・・・・」
沈黙は是なり。




