27話
「えっ!? 何でこの時間に課長が居るんすか!!」
「おはよ~、お二人さん」
出勤してきた新人二人にマリーが気だるげに挨拶をする。
無理もない。まだ日の出前、早朝と言うにも少し早い時間である。
「おはようございます、課長」
「はよっす。
つか、今日オレら虫取組っすか? 虫取組っすよね!?」
昨日の失態を取り返そうと、グルゥは早朝から張り切っていた。だが、
「残念。人手が要るのは昨日でおしまい。今日からはいつもどおりのシフトだよ~。
まぁ、私と3班と5班は崩落地点の修復が有るけど」
マリーを含む後衛組は、谷の修復が最優先の任務である。だがそれ以外の班は普段通り。見廻組の班が谷を重点的に廻るくらいである。
「そんなわけで、新人班は、今日も元気にラースベリーを取りに行こ~!」
急に元気になるマリー。
「で? 何故課長がここに?
もしや、今日は課長も来るのかい? 今まで来た事なかったのに? どう言う風の吹きまわしだい?」
フォールの疑問は尤もである。
マリーはヒールグラスからラースベリーへと採取内容が移ってから一度も、新人班の引率も同行もしていなかった。
そのマリーが、今朝になって急に現れたのだ。
「実は私、普通の女性らしく虫苦手なんだよね」
一笑に付すフォールとグルゥ。
普段から怒られ馴れているマリーは、こんな時に限り心の強さを証明してくれる。
故に、新人から鼻で笑われても何とも思わない。
「だから新人シフトで仕事して、土嚢積みさっさと切り上げたいのよ。
まっ、一週間くらいかな~。しばらくよろしくね~」
マリー達が所属する冒険者ギルドは、王都東支部。
東支部の通常業務は、朝7時から夕方7時までとなっている。
ハンター課は9時から5時までと少し短いが、これは人手が足りず、シフトの調整が難しいが故の緊急措置のようなものだ。
現在時刻は3時15分。
ラースベリーの時季は特殊シフトとなり、新人班は3時30分から業務開始。終業時間は11時30分。
つまり、虫を目の前に土嚢を積むのは2時間半で済むと言うわけだ。
「つか、採取の後から土嚢積みってキツくね? 体力減らした後で魔力も減らすんだろ? 俺なら持たんわ」
「・・・・ ハンター課の一員である以上、体力が無い、体調が悪い、は、自己管理が出来ない馬鹿野郎呼ばわりだからね?
覚えといて。
あっ! それとも、私みたいになりたい?」
二人が怒鳴る直前、
「マリーよ、その言い方はねぇだろ」
ギンシがやって来た。全員揃ったところで、そろそろ出発の時間だ。
「おはよ~ギンシ。
それじゃ~ちょっと早いけど行きますか」
新人班は夜空へ飛び立つ。ある程度の高さまで昇ると、東の空が色づき始め、太陽の気配が感じられる。
「この時間がいっちばん寒いよね~! 夏だってのに! ま、討伐服着てるから全然だけど~!」
一人高笑いのマリー。
「うっせ! ババア! 折角の景色が台無しだろうが!」
「ひゅ~、グルゥの奴浸ってやがる!」
「あっのババア!」
「マリー、デカイ声で騒ぐな。迷惑だろう。ちったぁ考えろ」
「お~とはとっくに出たじゃない、」
「馬鹿騒ぎするなって、・・・・
マリー、お前さん、呑んでるな?」
「ウイスキーを一杯だけね~! だいじょぶ! お湯割だから! 空は寒いと思ってね~! 呑んで来ちゃった!」
ギンシは密かに、ギルマスへの報告を決意した。
「教官、帰りはそっちに乗せてくれないか?」
実は一番の被害者は、酔っぱらい運転の同乗者であるフォールだったりする。
いつ墜ちるかわからない、そんな気の休まらないフォールを乗せて、マリーは無事飲酒運転を完遂した。
「大丈夫か?フォール」
「無駄に疲れたよ」
「でしょうね」
「てめえのせいだろうが! クソババア!」
やっぱり高笑いのマリー。
「お前ら遊んでねぇで、ホレ! 始めるぞ」
ギンシの声で作業開始が始まり、そして終わった。
「よし! 今日はこんなとこだろ」
ラースベリーの採取作業は、日が登り朝露が消える頃、8時迄と決まっている。それ以降に採取した実は萎びてしまい、質が悪く納品しても嫌がられてしまう。
「さっさと納品して朝飯だ朝飯!」
皆、ギンシに続きフライヤーに跨がり、王都へ向け飛び立った。
その道中、
「教官、火熊の騒動ってこのまま終わりなんすか? オレらが現場に出られるのってもう無いんすか?」
「グルゥ、その質問に答えるのはな、お前さんの役目だ、マリー」
「え~!? ギンシが説明するんでも良いのに~」
ギンシがじっとマリーの眼を見据える。
真摯な眼差しに意外と弱いマリー。サボりを諦め、説明を始めた。
「事態の終息にはまだもう少し掛かるよ。だけど新人班の手はもう要らないかな。
と言うのもね、火熊はこの辺りの魔物じゃないから何処かから輸送しなきゃいけない。
自力でフライヤー飛ばせない二人には、長距離輸送はまだ早いかな~」
グルゥとフォールは悔しさで歯を噛みしめた。
二人の前にはいつだってフライヤーが立ちはだかっていた。
二人には前職のプライドが未だに根強く残っている。半人前扱いされ後ろに乗せてもらうのは、二人を酷く惨めな気分にさせるのだった。
「課長! オレらにこれの飛ばし方教えてください!」
「それはね~、魔力操作の教官であるミスティさんの合格貰ってからね~。
それでも大概は、みんなの手が空く冬なってからだけどね~」
季節は夏。それも真っ盛り。
冬なんて、早く来いと願う程に遠かった。




